瞑想、高橋信次先生の言葉

瞳を閉じて想いを巡らせることを瞑想と言います。

決して、何も考えない無の境地を得ようとする行為ではないのですね。

高橋信次先生などは、そういった無の境地を得ようとする行為は、

逆に魔に付け入る隙を与えるとして強く否定されておられました。


高い意識は、無の境地から生じるのではなくて、

安らぎのある調和した心から生じるのですね。


安らぎのある調和した心だからこそ、

アカシックレコードに記録されたことが浮き上がってくる、

実際に、素晴らしい閃きが生じますし、それを裏付けて下さる方々は、

私の周りに何人かいらっしゃいます。


自らの人生を振り返り、

想念の過ちや魂の偏り、生活習慣の不調和等をことごとく愛と感謝の想念で訂正し、

神に懺悔して、

二度と同じ過ちを繰り返さない覚悟をするのです。

それはお釈迦様も高橋先生もそうだったのではないかと思います。

そしてそこから如来としての悟りに向かって突き進んでいくことができるのですね。


神に懺悔するところから道は拓けます。

そしてまた、清算、つまり人に対しての謝罪と償いも必要ですと、

先生は仰っておられました。

ですからね、まず反省の瞑想で想念を愛と感謝に基くものに訂正して、

神に懺悔してアカシックレコードを金色に塗り替えることなんですね。

そして、清算もね、

まあ、死後にまわすこともできるかも知れませんけど、

私達の魂の成長のためにはできるだけ早い方が良いのでしょうね。
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by yskfm | 2011-08-18 01:42 | 第二部、大地 | Comments(0)
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