孤独死、本質のすり替え

何故、孤独死、孤立死という表現を使うのか。

それは問題の本質のすり替えではないのか、とおっさんは感じるのです。


あのね、

死亡の要因

・病気による急死(慢性の病気が悪化したものを除く)

・病気による死亡(助かる見込みがなかった場合)

・病気による死亡(助かる見込みがあった場合)

・餓死による死亡

・凍死による死亡

・事故による死亡(救助を期待できなかった場合)

・事故にる死亡(救助を期待できた場合)

・自殺による死亡(止む無き理由がなかった場合)

・自殺による死亡(止む無き理由があった場合)

・殺人による死亡

・寿命による死亡(延命措置が期待できなかった場合)

・寿命による死亡(延命措置が期待できた場合)

とね、凡そこれだけなんです。

勿論、その一つ一つに対して、経済的な理由の有無は判断されるべきだとは思いますけど、

それぞれによりまして問題の所在も異なって参りますでしょう。

責任の所在だって違って参ります。


これをね、十把ひとからげに孤独死、或いは孤立死としてしまいますと、

問題の本質は見えなくなります。

いいですか?

一人で死んで行くことには何の問題もないのですよ。

それを孤独死・孤立死のような表現に変えて、いかにも一人で死んでいたことが問題のように、

最近のマスコミさんは報道しますでしょ。

それはね、問題の本質を覆い隠そうとする悪ですよ。


偏差値の高い大学を出てこの程度の仕分けしかできない。

政治家も、マスコミもこの程度なんです。

嘆かわしくなりますよ。全く。
[PR]

by yskfm | 2012-03-18 14:42 | 第二部、大地 | Comments(0)
line

日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


by yskfm
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31