カテゴリ:第一部、想ふこと( 536 )


このブログのこと

それにしましても、このブログ、

余りにも嫌味が多すぎますね。

幾ら斜め45度とは云いましても、

勿論そこには神様の光は届かないわけで、

魂の成長を妨害してしまっておりますわけで、

皆様にも多分に不愉快な想いをさせてしまっているのかも知れません。

お赦し下さいませ。

思いますに、視点とは難しいものでございます。

視点が自分の方を向けば、

自己保身から自分が可哀想という意識が生まれ、

それが人への憎しみに変わります。

また、視点が社会の方を向きますと、

何とかまともになって欲しいという意識が生まれて、

歪んだ社会や穢れた人の心に対してもの申したくもなりますね。

かってお釈迦様はこのように仰られました。

「法を学ぶものは法のことだけを話しなさい。」

それはお釈迦様のお弟子様、羅漢様方がね、

今の私のように社会の歪みについて話し合っておられました時に、

お釈迦様がそのように注意なされたのです。

そうすれば心が暗くなることもなく、

常に愛と感謝の中に居ることができるから、

魂の成長を妨げる要因を取り除くためにそのように教えられたのですね。

世の中に、嫌味が好きな人なんて一人もおりませんでしょうしね。

それに方法論は幾らでもある訳で、

ですから、このブログのコンセプトを少し変えようかなあと思うのです。

でもそうしますと、どのように変えるか全く思いつかないわけでございまして、

安易にホームページと似たものになってしまうかも知れないのですけど、

何か良い案はおへんかなあ、と皆様のご意見も賜りたいと思うのでございます。
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by yskfm | 2008-11-01 19:13 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

義務と権利

義務と権利は作用と反作用のようなものでございまして、

権利があれば義務がある。

義務があれば権利がある。

のでございます。

ですから、人を雇えば仕事をして戴く権利が生まれて、

それと同時に賃金を支払う義務が生じるのですね。

そうして従業員に忠誠を権利として要求すれば、

従業員の生活を経済的に護って差し上げる義務が生じる、

これは心無い私利私欲に走った経営者には忘れられておりますけど、

当然のことでございます。

北海道で母親により8年間も監禁されておりました娘様、

既に精神的に問題を生じてしまっているようでございますが、

小学校も不登校として処理し、

保健福祉部も電話で応対しただけでほったらかしにしていたという実態が、

被害を大きくしてしまっておりますことが悔やまれます。

子供はね、勿論親御様にも親権はあるのですけど、

地域の学校や保健福祉に携わる施設、警察などの法的機関にも、

子供を正しく育てる義務があるのですから、

当然そこには強制的な、例えば家宅調査などの権利、つまり権力がなくてはいけません。

そうして、その権力を行使して、必要に応じては間違った親権をも超えて、

正しいあり方に戻して下さらなくてはいけません。

親と、法的期間と、教育機関、その三角関係が常に子供の正しい成長を念頭に置いて、

正しく動いて互いを監視するようになって下さらなくてはいけませんね。

本当に、もう情けなくなります。

問題なく稼動しております公的機関なんてどこにもないのですから。

役所も警察も学校も保険所も内閣府も国会も、

このような状態にも拘らず出生率低下の原因も分からない。

都知事ではありませんけど、

「いい加減にしてもらいたいね。国になんて任せていられないよ。」

と云いたくもなるのは私だけではないと思うのです。

勿論、都知事を信頼しておりますわけでもありませんけどね。

私達の愛する地球上の仲間、特に子供達や正しいもの弱いものに酷いことをしたら容赦しないぞ、

と思うのですよ。
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by yskfm | 2008-10-30 12:03 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

妨害するもの

与えられた命は、無駄にするものではない、と思います。

私は産まれた時から私の人生を妨害するものがあることを感じておりました。

そうしてそれは、執拗に私を苦しめて、私の人生を暗闇に引き摺り込もうとしておりますように、

感じておりました。

じゃじゃじゃじゃーん♪

でもね、それは実際にはそうではなかった。

神様も、守護霊様も、ご先祖様も大きな愛で見守って下さっておられるのです。

では、何が妨害しているのか、と考えて参りますと、

それは今までの人生で培われた考え方や生活習慣であったり、想念の暗さであったり、

心の狭さであったり、頑固さであったり、と

そういったものが廻り廻って妨害する作用を生じさせていたことが分かったのです。

ただ、日々を愛と感謝の中に倹しく慎ましく生きる。

心を輝かせて笑顔で明るく楽しく生きるんです。

そうしますとどんどん幸せは廻って来るようでございます。

だって、誰でも心の暗い人のところよりは明るい人の方に集まりますものね。


メカニズムってありますね。

例えば、人が一日何も口にしませんと、凡そ500グラム体重が減ります。

二日で1キロ、四日で二キロ、

でも、そこから体重の減少度合いが緩やかになるのです。

これは身体が栄養失調の危機に対応しようとするのですね。

身体の中の変化は私には分かりませんけど、

身体はまた神様の光、エネルギーを最大限に取り込むようになるのですね。

その時に、人は神妙な心持ちになるのですね。

心と身体の調和も取れるようになって、

能力も最大限に前向きに発揮されるようになりましてね、

うわあ、これは何だ!楽しいぞお!!って現象が生じて来るのですね。

ランナーズハイもそうですけど、ダイエットハイとでも言うのでしょうか。

全く同じ作用で生じる現象なんです。

で、その、楽しいなあ、って状態が良いのですよ。

その状態が続きますと、必ず人生が良い方向に180度変わります。

必ず、変わります。

ダイエットということではないのですよ。

腹ペコ状態が続きますと同様の現象が生じるのです。

フルーツトマトもそうですよね。

水を極力与えずに育てられたトマトは果物のように甘くなるのです。


お金だってメカニズムってあるのですよ。

例えば、一杯になるまで絶対に開けない貯金箱を準備するのです。

そうして毎日少しずつでもそこにお金を貯金しておりますと楽しいじゃないですか。

溜まれば溜まるだけ楽しくなって来ますよね。

でもね、絶対に開けてはいけないのです。

そうして、もし一杯になったとしても開けてしまわない方が良いのです。

一杯になりましたら、また今度はもう少し大き目の貯金箱を用意して同じことをするのです。

何年か経ちますと、一杯になった貯金箱が何十個も保管されている、

って状態になりますよね。

でもね、開けてしまいますとそこで楽しみや悦びがなくなってしまいますから、

余り開けない方が良いですね。

そうしておりますと、どんどん金運が良くなってくるのです。

でも開けてしまいましたら、金運も落ちてしまいますね。


貯金箱を開けるのはね、

もうこれ以上財産があっても仕方ないって時か、

一億円程度貯金できた時でしょうね。

貯金箱が、人生も考え方も変えて下さる。

ほんまでんがな。

がながな。
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by yskfm | 2008-10-29 10:42 | 第一部、想ふこと | Comments(2)

法を犯す権利

つい最近、法を犯す権利について、あるところで少し書かせて戴きました。

勿論、私は法律は遵守しますし、モラルでありましても、
できる限り遵守したいと注意深く生きているような人間でございますけど、
ただ、信念と法律が対立する場合には、信念を優先するべきであると思うのでございます。

昨日も、藩主の命令で親しいものを討ち取れという家臣に与えられた藩主の命令を、
水戸の黄門様が覆させるといった番組が放映されておりましたけど、
考え方は一通りではないのでございまして、

最近の年とった者は、何がなんでも法律は絶対に守らなくてはいけない、
といったような頑なな頭をどうすることもできず、
若い者に思想の押し付けをしてしまうことが多々ありますようでございまして、

ブラックマヨネーズさんに云わせますと、
「大人の視野の狭さを見くびんなよ。」
と仰られるのではないかと思うのです。

でもね、法律が必ず正しい、
法律が全て、日本政府が全てというわけではないのですから、
その頑なな頭をどうにかして、
政府イコール自民党といったような間違った危険思想や、
自民党の言うことは絶対!
といったような王様ゲームならぬ自民党ゲームを一旦置いておかれましてね、

もう少し広い視野で、物事を判断しない広い心で、
穢れのない眼で、
全ての現象を見てくださいましたらどうかと思うのです。

そうしますと、恐らく今まで気付きもしなかったものが見えて来るのです。
地上に蔓延る人の心とか、政治家の思惑とか、色んなものが見えてくると思うのです。
そうしてそれは恐らく、過去のご自身より少し次元の高い視点なのではないかと思うのです。

良いですか?
本当に、法律が全てではないし、
企業に就職することが全てではないのです。
捉われている思想、考え方、
そういったものよりもっと広い視点はないか、
それを突き詰めてまいりますと、恐らくそれは真理、神霊の意識に到達しますでしょう。
宇宙よりも大きな心に到達しますでしょう。

国家なんて、小さいものです。
法律なんて、小さいものです。
宇宙なんて、小さいものです。

釈迦の教えと、国の法律では月とすっぽん、
それは実際に触れた者でありませんと分かりませんでしょうけどね。
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by yskfm | 2008-10-28 12:25 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

気の作用の有りや無しや

大自然界に気の作用があるのかないのか、

それは例えば日本地図などを見ておりますと分かりますね。

海洋沿いは陽気が強過ぎるのです。

大陸沿いは陰気が強過ぎるのです。

ですから、海洋から数キロ入ったところや、

入り江や島で陽気が遮られて、でも余り奥まっていないところ、

そういったところに都市は開けるのですね。

東京もそうですし、名古屋も、神奈川も、大阪も、兵庫も、博多も、札幌もそうなんです。

そしてまた、山には神気があって、それを川が運んでいる。

川のうねった所に気が留まり易く、

山沿いのそういった場所は住宅街として開けて参りますね。

太陽の気も強い影響がありますね。

朝日は万物を生かし、夕日は万物を老いさせるのですね。


生活にも、気の作用を有効に取り入れますと良いに決まっているのですね。

その方が気分も体調も良くなりますでしょうね。


まあ、日本各地に栄えております場所とそうではない場所がございます。

気の作用の他に交通の便といった要因もありますでしょう。

この街は何で栄えているのか、どうして廃れているのか、

そういったことを時に考えておりますと、また面白い発見もできるかも知れませんね。
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by yskfm | 2008-10-27 07:29 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

覚束無い

覚束無い。

その言葉ほど現代社会にマッチする言葉はないように思います。

覚束無い。

事の可否などがはっきりせず気懸かりな様子。

不確かな足取りで未来が憂慮される様子。

それが人類なのです。

どうすればどうなるのか、

何故それが分からないのか私には分からないのです。

価値観は確かに多種多様でありましょう。

それでも真実はただ一つなのです。

価値観が多種多様であるからといって、

真実も多種多様であるということではないのです。

大自然界の法は、ただ一つの結果を導き出すのです。

分かっていて過ちを犯すのは人のサガでございます。

私も良くやります。

でも、狭い視野で周りも見えずに、何も分からずに猪突猛進することは、

危険この上ないことであるように思います。

ですから、覚束無いのです。

筋が一本通っている。なんてことが良く言われます。

あの人は筋が一本通っているね。なんて言われます。

筋が通っているのといないのとでは、人生が全く違ってまいります。

やはり、筋が一本通っております方が、人生は力強く安定して参りますでしょう。

でもね、その筋が神理に沿ったものでありませんと、

正しく目的地まで到達することはできませんでしょう。

或いは目的地自体を誤ってしまっているのかも知れません。

神理という筋を一本ピーンと通して、

正しい判断で、光への道を真っ直ぐに力強く安定感を持って邁進する。

そのような人生が良いに決まっているのではないかと思うのですけど、


このような抽象的な文章は中々ご理解戴けないのかも知れませんね。

でも、察して下さいませ。
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by yskfm | 2008-10-26 02:12 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

親子水入らず

とある番組で、
母と娘で旅行することはあるけど、
父と息子で旅行することはありえないことであるようなことが話題に上っておりまして、

変だと思いませんか?
父息子、水入らずで旅行できて当たり前のはずなのですけど、
実は殆どのご家庭でそうではない。

どうしてかお分かりになられますでしょうか?

不調和な親子関係、
信頼関係の失われた親子関係、
その理由がお分かりになられますでしょうか?

父息子で旅行にも行けない。
心を開いて話し合うこともできない。
そのようなご家族の親御様方は
少し真剣に反省してみて下さいますことではないかと思いますね。

恐らくそのご家庭のご子息様は社会に出ましてから
その家族の在り方が原因で大いに苦しまなくてはいけないのです。
恐らくそのご家庭のご子息様は能力面に於いて他人より劣っているのです。

その原因は多分に親御様にあるのだと思いますよ。
私はもう何も申し上げませんけど、
早い内に反省して御家庭の在り方を軌道修正して下さいますことだと思いますね。
まあ、恐らく遅すぎるのかも知れませんけどね。
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by yskfm | 2008-10-23 15:14 | 第一部、想ふこと | Comments(2)

げに怖ろしきは人の心

毎年、これでもかという程に似たような事件が発生しております。
昨年は偽装でしたけど、
今年は汚染ですね。

そして毎年凶悪事件が後を絶たず、
一昨日はひき逃げ犯が被害者を3キロも引き摺ってそのまま逃げてしまったとか。

恐ろしい、と思います。
人のすることではないのですね。
人の姿をしておりましても、これは鬼や悪魔の所業でございます。

無知な人間は本当に恐ろしいことを平気でするものだと思います。
入院している子供の顔をカーテンの裏で殴ったり、
逃げ道のない個室ビデオ店に火を付けたり、
歩行者天国にトラックで突っ込み沢山の人を撥ねてさらにナイフで逃げ惑う人を刺したり、

心について余りにも幼稚で、余りにも未熟で、余りにも視野が狭く、余りにも荒廃していて、

でもね、それはそういった人を生み出した社会にも問題はあるのですね。
間違ったことにも気付かず、正しい方法論にも気付かず、本質を見抜く眼もなく、
本当に大切なことを見失ってしまっております全ての人に問題があるのです。

だから今、こんな状況に陥ってしまっているのですよ。
そうして、そのうちに、
人が何百万人命を失いましても、
何千万人、或いは何億人の命が失われましても、
人は無関心になってしまいますでしょう。

天空の城、ラピュタなんてアニメがありましたね。
あのアニメのように悪事が蔓延れば神はたった一言で大地を崩壊してしまいますでしょう。
あの主人公の男の子と女の子のように純真な心と濁りのない眼と勇気、
正義を愛する心を持って下さい。

そうしませんと、本当にもうお終いですよ。
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by yskfm | 2008-10-23 00:44 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

写真

写真は人間よりも遥かに広い範囲の波長を捉えます。

ですから、写真に写るものは人間の見ております世界よりも遥かに真実を語るものです。

例えば、リバーサルフィルム等を使いますと、

本当に人の目には映らないような微妙な色彩を描き出します。


写真で一瞬を捉える。

私はそこに人の心(念)も映し出すのではないかと感じております。

実際に怒りの念は赤い光となって入り込むようなことがあるようですけど、

ですから、心の純粋な人は写真写りが良いのですね。


心まで映りこむのですから、やはりたった一枚でも、

美しい心が写り込んでおりますものは天国に繋がっており、

醜い心が映り込んでおりますものは地獄に繋がっているのです。

どなたかの真の笑顔が写り込んでおりますものはそこに天使がいて、

私達を幸せに導いても下さいます。

逆もまた有り得ることでございまして、

地獄に繋がっておりますような写真は

浄火に焼いてしまわれますことが良いようでございますね。
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by yskfm | 2008-10-21 13:47 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

信じるべきもの、信じるべきではないもの

例えば人生が上手く行かない。
そんなことは誰にでもある至極当たり前のことでございます。
地上にも山があり谷があるからこそ、美しい景色も生まれるのですし、
平坦な道程ばかりの人生では遣り甲斐もなく、従って楽しくもない、
それに魂が成長することもないのです。

でもね、人は上手く行かなくなると不安になりますね。
「ほんま自分あかんたれやなあ」と、とある神様も仰っておられますけど、
ほんまに、あかんで、自分。
さっきから守護霊はほんまにおんねんでっていうてるやろ、
と私も同じように怒りたくもなってしまうのでございます。

守護霊様は誰にでも本当に居て下さっているのですからね、
信じる信じないではなくて、それを疑わないこと、
確信を持って、日々話し掛け、相談しながら、意見を申し述べながら、
一緒に生きておりましたら何も不安になることはないのです。

それを疑ってしまうから不安にもなるし、
正しく生きることさえできなくなって道が途絶えてしまったりするのです。

でもね、守護霊様と二人三脚で毎日を共に歩いておりましたら、
障害も、災いも、病も、何でも大したことがなくて済むのです。

それから、神様や守護霊様に良く思われようとして、良い子ぶっているような人がおりますけど、
猫かぶっても何にもならないのですね。
神様も守護霊様もその偽善は見抜いておられるのです。
魂と魂、でね、信念を持って、云いたいことは何でも言えば良いのです。
守護霊様にだって、「ほんま、自分あかんたれやなあ」と申し上げましても、
別に構わないのです。
そんなこと根に持つようでは守護霊なんて務まりませんからね。

ところで、人は盲目でございまして、
中には、驚くことに、
守護霊様は信じないけど、どこかの宗教団体の教祖様だけは信じている、
なんて脳細胞がショートしているとしか思えない方もいらっしゃいましてね、
それで人類が救われる。自分も幸せになれると頑なに信じていらっしゃる。

宗教といいますものはそういった人の集まりなのですね。
それで高い仏壇を買わされて地獄霊や動物霊の住処をやたらと増やし、
無間地獄行きが約束された教祖の書物を買って、
おまけにその団体の発行する新聞まで購読して、
騙されているとも気付かずに大金を注ぎ込み、信者の獲得に躍起になっているのです。

その信者のお金が財力を生み、
その財力で世界のあちらこちらに豪華な建物が建ち、
教祖は贅沢三昧をして、

でも考えてみて下さいませ。
教祖がお心正しい人物でありましたら、
豪華な建物を建てるお金がありましたら世界中の貧しい人を救おうとされますでしょう。
宗教施設ではなく、井戸や浄水設備、灌がい設備、学校や病院を、
貧困地域に建設しますでしょう。

だってね、神様はこの地球上の大地とそこから得られる恵みを私達に預けて下さった。
それも無償で預けて下さったのです。
それは決して、国が独り占めするためでも、富裕層が山分けするためでもなく、
皆で仲良く使うように貸して下さっているのです。
その慈悲の心を忘れて自分達に都合の良い教えを広め教祖や上層部を潤わせる目的の
宗教施設を増やして行く、
それはね、真に悪霊の所業であるように思いますね。
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by yskfm | 2008-10-16 01:14 | 第一部、想ふこと | Comments(0)
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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