カテゴリ:第二部、魂( 52 )


表面意識とココロの病

えー

人の心の表面意識は幽界と同じ次元にございます。

表面意識が一つの幽界なのですね。

幽界であるが故に魔物が入り込んでくることがございます。

そうしたことが原因でココロの病が生じているケースも

決して少なくはないようでございます。


いえ、人だけではないのですよ。

万物に心があり表面意識があるのですから、

人だって、例えば仏壇だって一緒なんですね。

ですから例えば仏壇の前に座って低い次元の念を送り続けておりましたら、

真っ黒な幽界ができあがることになりましてね、

魔物にとって良い目印になっちゃう。

お、良さそうな棲家があるぞって入り込んできちゃう。

その逆に高い次元の念を送り続けましたら、

その表面意識は幽界から霊界、神界、菩薩界、如来界と次元が上がって参りましてね、

今度はそこに善霊が様子を見に来てそこを綺麗にしてお力添え下さいますね。

癒しの波動だって送って下さるかも知れません。


あのね、如来様の表面意識は神霊の意識そのものですよ。

取りも直さずそれは神仏が表裏一体であることを示しているんです。

菩薩様の表面意識は如来界の次元にあって、

明神や諸天様の表面意識は菩薩界の次元にあるのです。


心を調和させて心のレベルを上げましたら、

人の表面意識も幽界から霊界、神界、菩薩界、如来界、へと上がって参りますでしょう。


それからね、

現代医学では記憶は脳の中にあるとされておりますけど、

この表面意識に記憶は存在するのですね。

ですから心のレベルを上げて参りましたら、

そのレベルの次元の記憶が紐解けるようになりますね。

勿論その下層レベルの記憶も広い視野で見下ろせますし、

ココロの病だって心のレベルを上げることで簡単に治っちゃう。

その為には

調和と

正しい生活習慣と

正しい条件反射と

正しい想念と

内観(反省)と

感謝と

「ありがとう」と言ったような光ある言霊。

が良いように思いますね。


あ、「ついてる」といった言霊は余りお薦めしませんよ。

だって、変なものに憑かれちゃうかも知れないですから。

あははは


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by yskfm | 2014-05-09 10:07 | 第二部、魂 | Comments(0)

32年の時を費やし

険しい坂を上っている夢を良く見るおさんです。

その坂は滑り落ちそうなほど勾配がきつくて、

進むごとに更に勾配が増すという変な坂でございます。

最終的にその勾配は90度の切り立った崖となり、

更に少し手を伸ばせばその崖なり坂なりは終わって平坦な道に戻るという、、、

毎回必ずそこで目が覚めるのでありまして、

(あ、夢解きは結構ですよ。自分でも充分認識しておりますから。)


空から崖の上に降り立つ夢も以前は良く見ておりましたおさんです。

降り立ったは良いがそこから下に降りれない。

まあ、その2つの夢に関連があるのかどうかは分りませんけど、


霊界を訪問しているような夢も何度か見ているおさんです。

訪問した瞬間、あちらの人はまるで仏像のようでありまして、

それから暫くして動き出すのですね。

恐らく時間経過が10倍程遅いのではないかと思うのです。


人が転生する準備の期間が80年

地上に生まれている期間が80年

戻ってから反省する期間が80年

休憩の期間が80年

そうして次の魂の兄弟にバトンタッチする、


あちらの人の時間感覚では恐らく8年×4フェーズ、

32年程度のことなのですね。

そうして6人兄弟全員のローテーションが終わるのが200年

地球が誕生してから現在まで4、5億年

地上の一年が一ヶ月ちょっと

ちょっと、ちょっとちょっと。


近くの公園にはまだまだ里桜が満開でございます。

毎年、この里桜を愛でて参りましたおさんですけれども、

毎年毎年枝が伸びて大きくなる。

今年なんてもう一円玉の表に描かれております樹のようでございます。


ところがおさんはどうしたことか、

その成長振りも思わしくなく、

残念なばかりでございます。

まあ、仕方ないっすね。

おさんなものですからぁ。

あははは


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by yskfm | 2014-04-28 17:25 | 第二部、魂 | Comments(0)

ドラクエの呪文とかREGとか

文枝がね

いや、分子がね、

固体、液体、気体、プラズマとその形態が変化するのと同じように、

人も身体、幽体、霊体とその姿は変化します。


同じく

地上、幽界、霊界、神界、菩薩界、如来界、創造神の意識と次元が上がって参りますと、

物質的、現象的要素も減って参ります。


地上には文明がありますね。

いや、霊界にはもっと高度な文明があるらしいですよ。

ただ、如来界となりますと、

そこには神仏の意識があるだけで

文明なんてものは存在しないのではないかな、

と、おさんはある日そんなことをぼんやりと考えておりました。

物質的要素もないのですから。


神仏の意識がね、

次元が下がるにつれて光となり、素粒子となり、

エネルギーを生じ、物質的な姿・現象を現すのです。

ですから次元の高い世界ほど、何もない。


あ、話はころっと変わりますけど、

ドラゴンクエストですか。

略してドラクエ。

そのゲームの中に復活の呪文というのがあるそうでございまして、

その呪文はかな文字をランダムに抽出して繋ぎ合わせただけのものらしいのですけど、

それが時として未来のことを予言していたりする、

なんて話を耳にしたことがございまして、

おさんもそれを真似て「なんちゃって予言」ってなプラグインを

作りました。

あははは

昨夜、夜なべして作りました。


ここの左フレームの最下部に組み込んでありますので、

もし興味がおありになられましたら遊んでみて下さいませ。


んでもってRandom Event Generatorのプラグインも

作りたいなって思っているのですけど、

これはね、災害や事件が乱数に影響を及ぼすらしいのです。

しかも発生する少し前から乱数に変化が生じるらしいのです。

それを調べるためのプラグインでおますね。

乱数に乱れが生じれば心の準備もできますよってにね。

まあ、コンピューターの擬似乱数にまで影響が生じるものかどうかは、

怪しいのですけど、


ドラクエの呪文にしましても、災害と乱数との関係性にしましても、

自然界や人の心の能力や深奥さは素晴らしいものだってことですね。

心とは無縁に生きる現代人にとっては眉唾ものかも知れませんけどね。


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by yskfm | 2014-03-27 09:40 | 第二部、魂 | Comments(0)

最新版、魂の構造論

さて、師走も近付いて参りまして、

ここら辺で一度、最新版魂の構成(全体像)を書いておかなくちゃいけないかな、

と思い立ち、書かせて戴くのでございます。


まず魂の最も深いところ、最も光溢れる高い次元、

魂の中心に存在しますココロと言いますもの、

これは神理(創造神の意識)を核としてその周りに、

愛(智性) 慈悲(理性) 本能(霊性)が存在しております。

これはもはや動かしがたい事実でありまして、これが心の正体でございます。

創造神の次元から眺めましたらこれは所謂下位次元に光を届ける光ファイバーのようなものでありますけど、

一つ下の次元から眺めましたらそれはたとえば球体のような閉鎖空間のように見えるはずです。


地上に高次元学者といったものが存在するものかどうかは存じませんけど、

高次元を科学しましたら必ずそのことは分りますでしょうし、

高次元も科学的なものであるが故に霊界の最も高い次元にさえ、

地球科学を遙かに凌ぐ科学文明が存在しているのです。


さて、次にその心の表面を覆うものとして、

魂の持つ根源的な創造神に対しての信仰・義が存在しておりますでしょう。

だからこそ私たちは創造神には逆らえない。

逆らいましたら必ず反作用が生じるのです。

天に唾するのと同じことになるんです。


更にその外に守護霊が存在し、

更に更にその上に自己保存の意識が覆っております。

守護霊も自己保存の意識もその内側を敵から護る大切な存在でありますけれども、

自己保存の意識は中道を外れますと、

さらにその外側の自分本位、我欲に働きかけて魂の癖(業)を強めてしまいます。

これは人生にとっては非常に有効かもしれませんけど、

魂にとっては非常に好ましくない事態でございますね。

死後に苦しまなくてはいけなくなる。

来世をマイナスのところから始めなくてはならない要因になりますからね。


でもってその周りの層、いえ、次元の更に低い層には、

生活習慣 条件反射 判断力

が存在し、

さらにその外側に

(今生の)記憶 意思 判断 感情

があるのでしょうね。

で、この生活習慣、条件反射、判断力と、記憶、意思、判断、感情はね、

転生の際には削られて真っ白な状態で母体の胎児に宿るのですね。

胎児が人の形を整えた後、ですけどね。

ですから胎児が人の形を整えるまでの3ヶ月程度は倫理なんてものも関係ないのですね。

望まれぬ子なら処置することもスピリチュアル的には何ら問題はないのですね。

ただまあ、母体が傷付くわけですからそこは大きな要因ですけれど、

魂が宿ってから処置してしまいますと母親と子の約束をした魂はもう二度と生まれてきては下さらなくて、

実在界の天使によって育てられるそうですけど、

魂が宿る前でしたら、必ずまた生まれようとして下さるそうです。

ちなみに水子霊が悪さをするなんてことはありえないそうですね。


いや、少し脱線しましたけど、

で、その外側に表面意識があって、それが幽体に入り込んで、

人は地上で一時を過ごすことになるのですけど、


では、何のために生まれてくるのか、

それは勿論修行のためですし、

なんてったって命は美味しいのですね。

実在界の食べ物よりも感動的なんです。

それにね、大自然の奏でる芸術、音楽の素晴らしさ、


まあ、実在界には実在界の、現象界(地上)には現象界の

素晴らしさがあるのですね。


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by yskfm | 2013-11-29 10:27 | 第二部、魂 | Comments(0)

地上に於ける如来という人格 まとめ

酒を飲むために生まれてきたのではない

タバコを吸うために生まれてきたのではない

メシを食うために生まれてきたのではない

恋愛するために生まれてきたのではない

人に依存するために生まれてきたのではない

こき使われるために生まれてきたのではない

要領よくカネを稼ぐために生まれてきたのではない

奪うためではない

与えるためである

神の子として正しく生きる訓練のために生まれてきたのだ

地上で光り輝く愛の実現のため、

地上を愛で溢れさせ輝かせるために生まれてきたのだ


夜は寝るものだと思うな

メシは食えるものだと思うな

水は飲めるものだと思うな

休みはあるものと思うな

明日は必ず来るものだと思うな

罪が赦されるものだと思うな

神が救うものだと思うな

己に甘えるな

何事にも執着するな

悔いを残さぬように一日一日を大切に生きろ


それが如来様が自信に課すであろう定めであり

掟なのでしょう


どんなことでも我慢すれば済む話

貶されても

腐されても

どんな状況であっても

辛抱強く

粘り強く

魂を鍛え上げ

そうして如来は悟りを啓くのです


釈迦の長い旅路

6年麻麦の行

モーゼの神の与え賜うた大地を目指しての旅

そしてキリストもまた

安住の地を持たぬ人生でありました


それが如来なのです

私にはまあ凡そ無理でしょうけどね



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by yskfm | 2013-11-10 20:56 | 第二部、魂 | Comments(0)

幽界的意識

魂が肉体を離れて幽界に参りますとね、

恐らく殆どの方が視野が広がったように感じますでしょう。

頭が冴えて自分が少し聡くなったように感じますでしょう。

俗世間に浸ったまま一生を過ごされました方でさえ、

一年二年も経ちましたら、意識が十倍ほどに高まっておりますことが分りますでしょう。


それがね、身体の縛りから解放された魂のあるべき姿なんです。

だからこそ、反省して、悟りを得て

より高い霊界、安らぎの世界に戻ってくることができるのです。


ただね、慣性の法則で苦しみはそのまま残りますから、

現世で深く反省した経験がない人には辛いでしょうね。


ですから、

現世でも反省を重ねて魂の重荷を減らしておかなくてはいけないのですよ。

反省を積み重ねておりましたら、

現世にありましても、魂の高揚や意識の拡大を、

そしてまた、心の大いなる安らぎを感じることもできるのですから。


多くのスピリチュアル的な活動をされていらっしゃる方もね、

この大いなる心の安らぎや意識の拡大を経験していらっしゃる。

だからこそ、

意識が拡大しているからこそ、

少し先の未来を見通したり、霊的な存在から意識の伝達を受けたりできるのです。

人生を達観視したり客観的に観れたりするのですよ。

そしてそれは、

霊能力があるかないか、といったこととは全く無関係の事象なのですね。
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by yskfm | 2013-03-09 13:06 | 第二部、魂 | Comments(0)

意識・霊体・魂・幽体の棲む処

幽体は、地球の表面意識の中に棲んでおりますね。

4次元世界です。

ここで反省を重ねて幽体を脱ぎ捨て霊体の姿になりましたら、

今度は太陽の心の中の5次元世界に参りますね。


何故なら地球の表面意識であるところの4次元球は、

太陽系の心の中の表面意識の中に存在するのですし、

5次元世界から見ましたら、太陽も地球も一体なのですから。


5次元世界、即ち霊界は、

太陽系の心の中にあるのですねぇ。

成る程、太陽系霊団ということの意味が分かりますね。


更にね、霊体を脱ぎ捨てて魂の姿になりましたら、

今度は銀河系の心の中の6次元の世界に行くのですね。


その上が宇宙の心の中の7次元世界、

更にその上が多次元宇宙を包括する神霊の近くでありますところの8次元世界、

それは想像に難くないですね。


それはね、

次元を上がると言いますこと、

神霊意識体に近づくと言いますことは、

意識が拡大していくと言うことなのですね。
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by yskfm | 2013-01-16 09:14 | 第二部、魂 | Comments(0)

命を超える、次元を超える

素粒子と原子との大きさの違いは

地球と太陽系程の違いがございます。

原子と分子との違いも同じことが言えますでしょう。


分子が一つの細胞を組織する

これは地球と銀河系程の大きさの違いがあるのではないでしょうか。

細胞と、一つの細胞組織との間にも同様の差があって、

さらには細胞組織と一つの臓器との間にも同程度の違いがあると見て差し支えないように思います。


臓器が集まって、銀河のごとき人体という一つの身体が構成され、

生き物の集合体でありますこの惑星上の地球人類は

云わば一つの宇宙でありますように感じられます。


さらに惑星が太陽系を構成し、

太陽系が銀河を構成し、

銀河が無限に集まって一つの宇宙を構成しております。


でもね、

少し次元が上がるだけで、

素粒子と大宇宙の大きさの違いなど

微塵もないことに私たちは気付かなくてはいけないように思いますね。


物質的な大きさに何の意味もないことは、

次元という概念を認識しましたら自ずと理解できますでしょう。


物質的な現われの大きさと心の大きさ、

大神霊との絆の太さとは、全く異なるものでございますよ。

増してや例えば地球を12次元神霊だとかのたまわれるような、

次元も何も認識し得ないような大ばか者ならば、

もっと頭を冷やすべきではないかと思います。


命の隔たりというものがございます。

次元を超えて蛹が蝶になるがごとき現象ですね。

その現象を超えて、命は一つの次元を上昇致します。

その隔たりの近くは人によりましては地獄でありましょう。

その地獄でさえ安らかな心で通り抜けられるならば、

その人は命を超えていると云うことができますね。

キリスト様やお釈迦様と同様の超人ですね。


地獄は万人に反省を強いられる場所ですよ。

反省如何に関わらず覚悟ができておりますならば苦痛はありませんでしょう。

そうでないならその人は地獄の苦しみを味わいますでしょう。

現世で地獄の苦しみの中にある人でしたら尚更ですね。


そうして、人は一つずつ次元を上昇して行くことになるのです。

一つずつ高い視点を獲得して行くのですね。
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by yskfm | 2012-11-22 13:19 | 第二部、魂 | Comments(0)

オーラを観察する

夜、ですね。

薄明かりの中で仰向けになりまして、手をかざしてみるんです。

そうしてその手をゆっくり左右に揺らしてみましたら、

その手の動きにあわせて周りの空間も動いておりますことが分かりますでしょう。


いえ、眼が疲れておりましたら見えないかも知れませんけど、

調子の良い時には気とかなんかキラキラする光の放射とか、

でもって部屋中に溢れる光とか、

見えますでしょう?


薄明かりが見やすいですね。


でね、今度は真っ暗闇で仰向けになって手をかざしてみるんです。

親指と人差し指でわっかを作りましてね、

そのわっかをじーーーーーーーーっと見ておりましたら、


次第にまぶしくなってくるんです。

手を除けますと残像まで残るんです。


それがね、オーラですよ。

心の中からあふれ出した神様からの愛の贈り物なんですね。


そのオーラが強ければ強いほど、いろんなことができるようになってきますね。

身体の悪い部分にその光を入れてみたりですね。

そうしますと少しは良くなるのですよ。


でもそれは、自分以外の人に長時間やったらだめですよ。

長くても数分程度ですよ。

どこかの宗教団体なども「手かざし」なんて危険極まりないことをやっておりますけど、

無知って怖ろしいなって思います。

穢れってありますからね。誰にでもね。


長時間する時には必ず体調のよい時にね、疲れを取って、反省して心を浄化して、

オーラも穢れのない状態にしてからしなくてはいけませんね。
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by yskfm | 2012-06-18 19:07 | 第二部、魂 | Comments(0)

自殺を考える

自殺すればどうなるのか?

自殺はいけないこと?

等と、いろんな噂やまがいもんの教えが蔓延っております昨今でございます。

日本でも、今自殺率は、世界5位?でしたか、

いや国家やマスコミががリアルタイムに自殺率を調査して教えて下さることをしないので

今現在の本当のところは全く以て分かりませんけど、


自殺はね、勿論いけないことですよ。

神の意思に反して光を拒むという罪と、

それとほとんどのケースで自殺は自己中心的な想念から発生しますから、

自己中心的な行いの結果、その清算が厳しいことは察しが付きますでしょう。


虐められた、

生きる術がない、

それも自己中心的な想念でありましてね、

たとえどんなに酷いいじめを受けたにしましても

それが神の意思に反して光を拒む理由としては認められないのです。

生きる術がないなら、死ぬに任せておけばいいのです。

わざわざ自ら、守護霊の思惑を無視して自殺してしまう必要はないのです。

これっぽっちもないのですよ。


ただね、誰かのために自らの命を犠牲にする。

これは素晴らしいことですよ。

直ぐに救いの手が差し伸べられますでしょう。

勿論、そこには正しい判断がなくてはいけません。

多くの場合、そこに多少なりとも自らの利益や見返りを求める心があるものですから、

そして、どちからかといいますと、人のためと言いながら、

自分のためである割合の方が大きいのですね。

いや、悟りを開かない人間なんて、そんなもんなんですよ。

突き詰めて考えてみられますと分かりますでしょう。


光を拒んだ罪で全く光も音もないところで反省を強いられます。

高橋先生がそのように仰っておられました。


あのね、ボクシングだってそうですね。

もう嫌だってファイティングを途中でやめちゃったら避難の的でしょう。

どちらかが倒れるまで、

或いは全ラウンド闘い終わるまで、

タオルが投げ込まれるまで、

試合は終われない、放棄できないんだって知ることですよ。

そうしてコツコツ地道に頑張っておりましたらね、

きっといずれは必ず強くなって頭角が現れるんです。


今のあなたが弱すぎれば、タオルが投げ込まれますし、

相手の方が強ければKOされちゃいますでしょう。

それが全試合闘い続けられるようになって、

相手をボコボコにいわせられるようになって、

KOできるようになって、

マスコミなんかもう、ウハウハですよ。

テレビカメラとフラッシュの嵐ですよ。


ボクシングの選手はね、

みんなそうやって順に経験していくのですね。

途中でリタイアするぐらいならタオル投げ込まれ続ける方がまだマシなんです。

その方が名誉なんです。

それにだれもあなたを責めたりはしませんでしょう。

それはね、きっと教える側にも問題があるんです。


いやまあ、

そんなことですよ。

あははは
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by yskfm | 2012-04-22 12:20 | 第二部、魂 | Comments(0)
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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