カテゴリ:第二部、今生( 87 )


おさんの詩「己」

人が一人どのように生きたとて

何が変わると言うものでもない

みんな自分が大好きだし

自分が一番可愛いのだから

政治家は己の欲のために突っ走るし

飢えるものは餌場に蟻のように群がるだろう

利を求めるものはずる賢く厚顔無恥に

人の欲を掻き立て

人を使い捨ての道具のように利用し

或いは犯罪を犯すのだろう

奴隷は生きることに必死で

御主人様に媚びて跪き

少しでも良い扱いを受けようとするだろう

誰しもが目の前のものしか見ず

息を切らしながら

この地獄模様の社会を必死になって泳いでいる

ただ目的もなく平凡に生き続けることのみを願っている

そうであるなら

己の個性は、人格は、魂の尊厳は

一体どこへ行ってしまったのかとは思わないか?

何があっても変わらない自分自身の確立

それが大切だとは思わないか?

私はそう思うし

私は変わりたくない

決して信念は曲げたくはないし

長いものに巻かれることも

地上社会でしか通用しない地位あるもの力あるものに

跪くこともしたくはない

だからこそ

欲を捨て

命の執着を解き

少しでも広い視野を得ようとしているのだ

私は

変わらない


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by yskfm | 2014-06-17 02:46 | 第二部、今生 | Comments(0)

夜中作法

今夜中にはネットで泉鏡花先生の高野聖なんぞを読んでいるおさんであります。

無学なものでひとつひとつ分らない言葉を検索しながら、

なので本当に進捗が覚束ないのでございます。

でもね、それがおさんのやり方であって、

急がず慌てず、時間はまだたっぷりあると己に言い聞かせて

読み進むわけでございます。


だってあれでしょ?

SPI2対応の一般常識問題集なんか見ておりましても

文学史に残る有名作家の代表作の一覧は出ておりましても

そんなの著者と代表作だけ覚えたって余りにも意味がない。

ひとつひとつ読んで消化して参りませんと余りにもつまらないし、

覚えられないではありませんか。


まあ、そういうわけで、

少しずつ咀嚼しながらその言葉の意味を紐解きながら読み進めるしかないのでございます。

はい。


高野聖というのはあれですね。

昔々に高野山に世俗を離れて修行らしきことをしておりました集団のことでおますな。

聖職者としては余り高いレベルの行者ではなく、

世俗的なことを生業としながらも聖職者的な活動をしていた、

いわゆるところの商売行者のようなものであったようです。

まあ、おさんもそういったところはおますけれども。

あははは


それにしましてもスピリチュアルに理解のない人のスピリチュアル感っていったい、、、

と思うのでございます。

日本霊異記なんてものも読みましたけど、

これは飛鳥時代と奈良時代の実際にあったとされる物語ですか。

ところがその仏教的影響の強いこと強いこと。


仏教思想が即ちスピリチュアルではないことを、

余りにもかけ離れておりますことをおっさんは知っておりますし、

余りにも暗いそのありがたや思想にはある意味ウンザリするものもあるわけでございます。

まあ、面白いから読むのでありますけれども、


江戸時代になりましてから

親鸞や道元、日蓮、空海などが日本の仏教宗派を立ち上げました。

これも全くスピリチュアルなんてものとは程遠いものでありまして、

ところがこの平成にありましても坊さんを初めとする人々はその江戸時代の

その古臭い霊的世界観を今尚持ち続けておりますわけでございまして、

まあ、高橋信次という一人の偉大な生きた如来様が

全て解き明かして下さったこの時にありましても、ですよ。


おさんなどはなんとも愚かしく人類に哀れみを感じずにはいられないのでございます。

そんなわけで、

今日も後一時間半もしましたら空が白んで参りますような時間になってしまいました。

大阪のソメイヨシノも葉桜の候でございます。


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by yskfm | 2014-04-15 04:09 | 第二部、今生 | Comments(0)

五十葉(ことのは47文字)

少し暇がありましたので、

おっさんなりの「いろは歌」のようなものを作ってみました。

不出来なのは許してつかーさい。

あははは



はるさくら なつにせみ あきのほ たけ ふゆいろり

むすめ われをまちぬ しそんよ おか やね ゆうひ こえて

ともへ
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by yskfm | 2013-10-26 11:04 | 第二部、今生 | Comments(2)

何も言ってくれないから

「言ってくれたらいいのに

何も言ってくれないから、分らない。」

私の両親はよくそのようなことを言っておりまして、

その発言に関して、

私はこれ以上身勝手で自己中な発言はないと思うのでございます。


親子関係と申しますのは難しいものでございます。

そうして自分自身のことが最も見え難いものでございます。


何度ごめんなさいと赦しを請うても、

慈悲の心一つなく、理由も知らせず、話して聞かせず、

一方的に拳を振り下ろし続けたのは、

そうやって親子の信頼関係を自ら壊しておいて、

「何も言ってくれないから分らない」

そんなことがよく言えるものだと、


話して聞かせようとすれどすぐに泣き出すし、

どこからどこまでが人権侵害なのだと一々説明しなくてはいけないのかな

と思うのです。

そしてまた、ああ言えばこう言うでぺらぺら口先で反論するばかりで、


膝を突き合わせて話し合うことさえ適わない。

親だという認識が傲慢さを生み、

それが本質を何も見えなくしてしまっているのですから、

もう手に負えない。

彼らは我が子に対しては何をしても構わないと信じているのですから、

人権侵害していたって、

ストーカー行為だって平気でするのです。


その対象になってしまいましたら、

私でなくても、誰だって逃げ出しますでしょう。

逃げ出すか、病気になるか、ですよ。


とまあ、そんなことでね、

色んな思い出したくもないことを思い出してしまい、

腹立たしくなっておりましたおっさんでございます。

心の整理が

まだ全然できていないですね。


あはははははは
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by yskfm | 2013-09-03 10:20 | 第二部、今生 | Comments(4)

今、生きているのは

私たちがね、

今、生きているのは、

間違いなくその必要があり、

役割があるから生きているのですね。

先のことは誰にも分りません。

でも、間違いなく言えることは、

その必要があるから生きているのであり、

生きて今ここに居るのですね。


そうして、そこに於いて、

今この時をどのように過ごすのか、

それはとても重大な問題でありますように思います。

無駄にしてはいけないし、

人生に対する誠実さを失ってもいけない。

何故ならそれは恐らく大きな損失に繋がりますでしょう。


そこに本があるなら、読むべきなのです。

読むべき本だからこそ、そこにあるのです。

行くべきところがあるのなら、行くべきなのです。

行くべき場所だからこそ、神は必要なものを手配しておいて下さいますでしょう。

するべきことがあるなら、

考えるべきことがあるなら、

やりたいと思うことがあるなら、

それがあなたの命や人生を粗末にすることではない限り、

やるべきなのです。


そこに答えを見つけることはすぐにはできないでしょうけど、

後々必ずそこにどのような意味があったのかが分りますよ。

今はただ、信じて進むしかないではありませんか。
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by yskfm | 2013-05-29 23:34 | 第二部、今生 | Comments(0)

ふるさと

今ね、テレビで

高倉健さんが帰るところをなくした男の役を演じている映画のCMが流れておりましたけど、、、


おっさんにはもう「ふるさと」なんてものはありません。

お前には「ふるさと」なんてものはないのだぞ!、と教えて下さいましたのは、

他ならぬ両親の暴力や脅し、強要癖でございました。


いや、別に「ふるさと」がないことを辛いなとかマイナスの意味で言っているのではないのです。

逆に、人生の制約や障害、束縛がなくて自らの意思で自由に好きなようにやっていける、

という喜びなんです。


ふるさとがない、というだけでも、

自らが誰かのふるさとになってさしあげようと思える強さを与えて下さいましたし、

あらゆる事象にはプラス面とマイナス面があるのだなぁ、とね、

感慨を感じております次第でございます。


ですから恐らくおっさんは、

高倉健さんの、この映画を観て感動することも涙を流すこともありませんでしょう。

もとより自分本位の涙は流したくないし、

過去30年間、

辛いと感じて涙したことも一度もないのです。


それよりもね、おっさん自身の不甲斐なさや人の幸せになる姿でしか、

涙は流れないようになってしまっているのですね。


ただね、「ふるさと」がないと申しましても、

やはり誰に取りましても、神様の御足元の世界が魂のふるさとであり、

全ての魂が最終的に帰り着く場所なのですから、

地上にふるさとなんかなくても構わないと思いますし、

それを知っておりますからこそ、

おさんだってこのような強気な発言ができるわけでありまして、


ただね、おっさんは思うのです。

高倉健さんの映画にしましても、

最近の歌謡曲の歌詞にしましても、

森進一が耳毛じいさんの歌詞に付け加えたセリフにしましても、

ちょっと軟弱過ぎるものが多すぎるんじゃないかな、ってね。


いえ、別に軟弱でありましてもいいのですけど、

それによりまして地上の人々の魂が余りにも弱々しくなってしまっているのではないかな、

と感じるからこそ、

ここにどうでもいいようなおっさんの考え方を書かせて戴いた次第なのでございますよ。
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by yskfm | 2012-08-31 03:25 | 第二部、今生 | Comments(0)

手相

ここ数年、

あれよあれよと言っております間にですね、

手相がそれはもうすんごい勢いで変化しておりましてね、

大きな変化と申しましたら、

人差し指の下から中指の下に掛けて九羅紋と言いますものが発生したのです。


これはね、運気が強い時に現われるそうでございます。


他の場所にもね、

ここに九羅紋が現われるといいよ、ってなところに

何ヶ所か出てきているのですね。


そんでもって運命線の一番上のところが3つ股に分かれておりましてね、

これもかなりの吉相なのだそうでございまして、

流年を調べてみましたら、丁度今年辺りなのですね。


そんなわけでございまして、

何か近いうちにええことがあるのかも知れないよ、ってね、

にこにこにこにこ致しておりますようなことでございます。


でもってね、

これは関係あるのかどうかは分かりませんけど、

感情線もその先っちょが3つ股になっておりますし、

生命線は2股なんです。

いや、これはもうずっと以前からなんですけどね。


まあ、おっさんは手相観ではありませんから詳しいことは分かりませんけど、

今年はね、おっさん、何かあるやも知れません。

うひゃひゃひゃひゃ
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by yskfm | 2012-08-03 11:47 | 第二部、今生 | Comments(0)

バリカン記念日

2日程前になりますが、

おっさん、バリカンを買って参りました。

お髭だって剃れちゃう優れものなんです。

いえ、剃れると言いますか、毛がね1ミリもないくらいまでにカットできちゃうのです。


毎年、何度か丸坊主にします。

床屋に参りますと何千円も取られちゃうのですから、

自分でカットするのです。

でもって、坊主頭にしちゃいますと長持ちしますから、

坊主頭にするのです。


でね、それまではハサミでチョキチョキ、

たまにハサミで耳を危うく切り落としかけたりしまして、

まあ、今以て耳はかろうじて残っているのでありますけど、

それがね、ハサミだとどうしてもガタガタになるのです。

それに、長さにも限度がありますからね、

幾ら毛の長さを1ミリにしたくても、

さっぱりスッキリにしたいと思いましても、

そうは刃物が許して下さらない。


まあ、ハゲなんですけどね、

ハゲの功名でね、

ハゲだからこそ頭を丸めることにも何の抵抗もないのですけど、


これがね、もしかっこいいフサフサの髪の毛でありましたら、

簡単に頭を丸めたりはしないでしょうね。

あははは


新しいバリカンで1ミリ以下にまで切り揃えられました頭は

もう、さっぱりすっきりでね、

逆に髪の毛いっぱいの人などが可哀想に思えてまいりますね。


まあ、そんなことで、頭を丸めたいと仰られます方がいらっしゃいましたら、

バーバーおっさんにお任せ下さいませ。

うひゃひゃひゃ
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by yskfm | 2012-04-15 10:57 | 第二部、今生 | Comments(0)

追加の七不思議

いや、あのですね、

一つ前の記事で「おっさんの七不思議」とか言いながら、

3つしか出していなかったのですね。

まあ、7つもないのですけど、不思議なことが色々とおっさんの人生の中におますので、

書いておこうかと思うのです。


それでね、4つめが、光の玉ですね。

朝に金色の光の玉2個、時折に銀色が1個、オレンジが1個、

毎日のように飛んで参りますわけでございます。

多い日には4個、少ない日には2個

いえ、オーヴではないのですよ。

光の粒子のようなものなんです。


そんでもって5つめが、予知夢ですね。

一昨年の12月に、どこかの研究施設で米を洗浄して放射能を取り除いている夢を見ちゃったものですから、

もう大変なんです。

その翌年、つまり昨年に東日本が大震災があったわけですけど、

このブログの2010年3月3日の記事を読み返して見ますれば、、、、、、


まあ、誰でも予知夢は気付かない間にも見ているのでありましょうけど、

つくづく夢はメモって置くべきだなと思いましたです。


まあ、おっさんの不思議はそんなところでね、この5つなんですけど、

どうしても数を合わせるとしますと、

おっさんの部屋には寝具がないと言いますことと、

滅多に米を食さない、と言いますこと、

それでまあ、7つかいなぁ。と思うわけでございます。


世の中的に見ますと変わった人間なのでしょうけどね、

まあ、こんな変わったおっさんが一人おりましてもよろしやんか、

そんな風に考えるのでございますよん。
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by yskfm | 2012-03-22 17:18 | 第二部、今生 | Comments(0)

手相

おっさん七不思議、ってなものがございます。

いや、七つもないのですけど、

一つにおっさんが究極の晴れ男だと言いますことと

二つ目が、手に仏眼紋があるのですね。

いつの頃にできたものかは分からないのですけど、気付いた時にはできていたのです。

そんでもって、三つ目が神秘十字ですね。

これを持っておりますと神様から護られているのだそうで、

スピリチュアルなことに深くのめり込むのだそうでございまして。

これもね、いつの頃からかでき始めましてね、

一個、二個、三個と増え始めまして、

手のひらの真ん中に横一直線に三つ子の神秘十字があったりします。


いや、あのね、最初はなかったのですよ。

でもね、神霊との対話を重ねておりましたら、

できてくるのでしょうね。

まあ、護られているという実感はありませんけど、

いや、それよりも厳しく厳しく導かれておりますようにも感じますけど、


その一直線上にスタアのようなものがあったり、

形の崩れた大きなゴボウセイのようなものが見受けられたり、

いや、牛蒡星ではないのです。

星の形ですね。

それもね、恐らく神霊との対話を重ねることで現れてきたのではないかと思うのです。


いや、それを持っている人は宝くじに当たりやすいということでしたら大喜びなんですけどねぇ、

別段何もないどころか、

しゅごれに無碍に扱われておりますような感じさえして参ります。


どういうこっちゃ、これは

ですね。

或いは、ひょっとしたら悪魔の紋章なんではないかなって考えてしまいますね。


まあ、手相で人生が決まるわけでもなく、

おさんはこれからも自由奔放に生きて行くわけでありますけど、


素麺でもゆがくかな。

あはは
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by yskfm | 2012-03-21 11:20 | 第二部、今生 | Comments(0)
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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