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大祓

夕日の降に年越しの大祓をしまして、今丁度終わりましたあ。

ゆふひ の くだち に としこし の をほはらへ(古文)
ゆうひ の くだり に としこし の おおはらい(現代文)

発音してみて下さい。
昔の方が日本語が綺麗だったように感じませんか?

さてさてさてさて

私はあと何回、新年を迎えさせて戴くことができるのだろうか。
って考えてしまいますね。
まあ、あちらの世界に帰りましてからも、私は私ですから、
勿論するべきことは続けて行こうと考えておりますけど、
今よりもっと自由度が増すのだろうなって思いますけど、

でも、今生は力一杯生き抜きたい、とそのように思います。

良い御年をお迎え下さい。
来年も宜しくお願いします。
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by yskfm | 2006-12-31 16:50 | 第一部、日々のこと | Comments(0)

いじめの原因

いじめについて、様々な著名人がご自身なりの意見を発言し始めましたね。
ですから、私も発言しなくてはいけないかなと思いまして少し書かせて戴くことにしました。

いじめは何故起こるのでしょうか?
勿論、そこには江原さんの仰られます通りに想像力の欠如がございます。
そうしてまた、ある点での弱いもの、劣ったものを見下す考え方というものがね、
社会全体に、全ての人に、存在するのですね。
それがね、いじめの根底にあるんです。

人をある一点だけで見下す、
彼らにはそれが狭い視野であることに気付けないのですね。
ですから、、別の部分で自分が見下されることにもなるんです。
そうして、想像力の欠如が原因でね、
弱いもの、苛め易い人は、自分が攻撃されないように、苛めちゃえ、
ってことになるのではないかと思いますね。

苛めたり、苛められたり、
彼らには、ご自身の考え方の核となるものが存在しないんです。
それは親の世代が信念を持っていないから、
正しい考え方を育んで来なかったから、
ですから、子供にも正しい考え方を教えて差し上げることができなかった。

感情を失ってしまっております親が多いですから、
子供も感情が育たない。
人が虐げられているのを見ましても、可哀想とは感じないのでしょうね。

例えばね、絵本を読んで差し上げる。
でもね、ただ読んであげるだけではなくてね、
「可哀想だね」とかね、
「どう思う」とか、
「悪い人、やっつけられちゃったね」とか、
弱いものいじめはいけないこと、
正義が必ず勝つこと、
そういったことを、感情の持ち方を教えて差し上げること、
でも、それは基本中の基本ですね。

親が言動一致の行動を通して、その姿で正しい考え方を教えて差し上げる、
背中でね、お手本を示して差し上げますことが大切なんです。

それとね、ご家庭の環境でもね、
過保護で甘やかされて育ちますと、痛みを知らない人間に成長しますね。
厳しく育てられますと、心に憎しみを植え付けてしまいますね。
さらには、過保護で厳しい、これはもう目も当てられないような人間に育ってしまいますね。
心が萎縮した、自分では何も考えることのできない、窮屈な、心の自由度0の、
人間になってしまいますね。

中道ということが大切なんです。
真中の在り方、
強制することなく、人格を尊重して、自己の責任で考え行動する権限を与えて、
勿論、子供ですからアドバイスして正しい道に導いて差し上げますことは必要ですけど、
自分の力で、失敗して、何度も繰り返して、上達して、自信を付けさせて、
そうやって自分の足で立てるようにして差し上げるんです。
そうしてまた、心の在り方、思い遣りの大切さ、暖かさ、人生の楽しさ、生き甲斐、様々な喜び、
可能性、様々な正しいものを与えて差し上げるんです。

そのように子供を育てておりますとね、
考える力もどんどん付いて参りますから、苛めをするなんてこともなくなるんです。
苛めに遇いましても、ご自身の力で解決することができるようになるんです。

そうは思われませんでしょうか?
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by yskfm | 2006-12-29 18:38 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

ベートーベン 交響曲第九番ニ短調op125「合唱」

このところ毎日第九を流しております。
合掌、ではなくて、合唱ですけど何か?

合唱は良いですね。
感謝と喜びに満ちて輝いているような作品ですね。
魂が合唱色に染まれば、悪いものなんて逃げて行っちゃう、
そんな素晴らしい歌なんです。

クリスマスにはヴェルディのレクイエムを
年末にはベートーベンの第九を
これって常識ですよね?
思わず手が指揮棒を振ってしまいますよね?(笑)
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by yskfm | 2006-12-29 16:01 | 第一部、日々のこと | Comments(0)

写真

10年程前のパスポートが出て参りまして、その頃の私の顔面写真を見ていたのですけど、

昔は、私も悪い顔をしておりました。
姉歯氏とか麻原氏のような悪人顔なんですね。
その頃よりもね、今の方が10歳以上若く見えるんです。

その頃から10年経っているのですから、20歳以上若返っているのか?そうなのか?

ところで、伊藤ハムの焼豚は美味しい。
あのロールケーキのように丸めたの、あれってすっごく美味しい。
今年のお節はかずのこと焼豚でいいかなあ。
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by yskfm | 2006-12-29 10:22 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

また一年、この大宇宙大自然界におけるあらゆる事象の一年分の記録が大神霊のオペレーティングシステムに追加されました。
魂の記録はね、私達が見たもの全て、考えたこと全て、行ったこと全て、
私達の心の奥底に、神様の意識と同化する手前の部分で、私達の心を通して、記録されているのですね。
アカシックレコード、なんてどなたがそのように命名なされたのかは存じませんけど、
例えば、窓際で水耕栽培している葱もね、
葱本体と、細胞のそれぞれにアカシックレコードを持っているのですね。
反省ばかりの一年、
それでも反省することによりまして、暗い闇の部分の記録が金色に塗り替えられるそうでございます。

光子体の中に魂があって、
魂の真中に心があって、
心の中心に神様の意識があるんです。
それは平面的に考えておりますといけませんね。
心の中心が4次元から5次元の方向へ窪み、
さらにその中心が5次元から6次元の方向へ窪み、
さらにその中心が6次元から7次元の方向へ窪み、
以下続く。
そのどこかで、恐らく真中の真中の真中より少しずれたところに、
アカシックレコードは存在しているんでしょうね。

魂の数はね、無限大なんです。
それは説明するのは少し難しいのですけど、
多次元の理論をもとに考えますと分かるんです。
でもそれじゃあ実在界が魂で溢れてしまわないか?ってね、
いえ、それはあり得ないんですね。

だって実在界の大きさは宇宙の大きさを遥かに超えているのですから。
実に天文学的に大きな世界でございます。
そうしてまた、三次元的な大きさの概念は高次元では全く意味をなしませんでしょうね。
私達の魂は、三次元的に見ますと、無なんですから。
大きさが0なんですから。
ですからきっと、霊(レイ)なんでしょうね。
それでもね、高次元ではそこでの大きさというものがあるんですね。

ところでね、
願いを叶えるメソッドって分かりますか?
巷では呪術が大流行のようですけど、
そんなもので誰でも簡単に願いが叶うのなら、誰だって幸せになれるんです。
でもね、呪術では決して幸せにはなれないんです。
逆に悪い影響が出る人もあるんです。
願いが叶うこともありますでしょう。
でもね、それは、呪術ではなく、その人が真剣に命懸けで頑張りましたから、
その頑張りを神仏が汲んで下さったのですね。

願いを叶える方法はね、決して呪術であってはならないんです。
他力本願であってはならないのです。
江原さんだってそう仰られると思いますよ。

最後にはね、やはり自力本願の魂の力なんです。
真心で、信念を持って願う魂の力なんです。
その姿勢に神様や善霊様方は感応して下さるのですね。
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by yskfm | 2006-12-27 23:24 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

今日・明日は

今年最後の大仕事ということで、今丁度祝詞を奏上し終えました。

浅田飴は咽喉に良いけど、朝ラーメンは咽喉に悪い!
最近、朝ラーメンを戴くのですが、そのせいなのか、声がしわがれるんです。

あれ、こえが、かすれて、でているよ
って、あの腹話術の人は最近見ませんけど、
どこ行っちゃったんでしょうね。

さて、もうひと頑張りするです。
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by yskfm | 2006-12-26 12:59 | 第一部、日々のこと | Comments(0)

あと、それから、

原則として
夫婦の小遣いは同額であるべきだと思いますね。
夫婦の作業量も均等であるべきですね。
家族のことは全て家族全員による話し合いで決めるんです。
舅や姑と嫁は基本的に血が繋がっておりませんし、生きてまいりました環境も違いますから、
勿論、考え方も違うんです。
ですから、それは主人が間に入って下さらなくてはいけません。
また、ご家族の誰かが病気になったりしますと、あらゆる面で家族全員が支えて差し上げなくてはなりません。

そうしませんから、夫婦のどちらかが弱者になってしまうんです。

ご家庭それぞれの工夫や独自のやり方がありましても構いませんでしょう。
でも、間違った方法での家庭運営では誰かが苦しむことになってしまいますね。
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by yskfm | 2006-12-25 15:06 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

教育

先日、テレビで物凄く愚かな発言を耳にしました。

父親のお蔭でメシが食えていることをもっと教え込まないから駄目な子が育つんだ。
ってね、
一昔前の軍国主義のような、お国のため、天皇陛下のためといったような、
極めて時代遅れの考え方を今もってなさっておられる方がいらっしゃるのですね。

そんな教育をしておりますと、純粋な子供の瞳が濁ってしまいますね。

そうではないんです。
それは間違った考え方なんです。

父親が外に働きに出るのはね、家庭内での役割だからなんです。
母親にも家事という役割がありますよね。
勿論母親が働きに出ておりましたり、育児などの負担が増えました際には、
お父様も家事に協力し、家族の負担ができるだけ平等になるようにしなくてはなりません。
また、御子様は学ぶことが役割であり、
御両親には御子様に食べさせ、教育を受けさせる義務があるんです。

皆が平等でね、それぞれに役割がある。
誰かが特別に偉くて、感謝されるべきで、
王様の命令は絶対!のように基本的人権や生存権に関わる部分で強制的主従関係があってはいけない。
それが正しい考え方ではないかと思いますよ。

同じ人間同士、対等な立場でね、
心を開き合って、或いは親しい友人同士として、
信頼し合い、尊重し合い、思い遣り合い、
親にそれができないのでしたら、御子様も正しく真っ直ぐには育ちませんでしょうね。
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by yskfm | 2006-12-25 14:31 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

クリスマス

キリスト降誕祭

キリストの愛と、お釈迦様の慈悲、
それは共に正法と言う宇宙に普遍的に存在する神理、大宇宙大神霊の二つの大きな側面でございました。

綺麗な心というだけでは何にもならない。
愛の強さと正しい方向性を見ぬく正しい瞳が何よりも大切なのだ。
心に神を宿して強く賢く生き抜くことが何よりも大切なのだ。
とキリスト様の心の中はそのような想いで溢れていたのではないかと思います。

キリスト様も私達と同じスタートラインに立ち、
私達と同じ環境の中で、身体を持った私達と同じ人間として生まれて下さり、
悩み苦しみの中から真理に到達して私達を教え導いて下さいました魂の大先輩でございます。

私達もいずれは必ずそうなるのですね。
そうならないといけないんです。

お釈迦様も同じでございますね。
そうして、時代も場所も全く異なった場所で人として生きた二人の偉人が、
教えの内容に方法に違いはあれど、
本質的には全く同じことを悟り、人民を教え導いて下さった。
その事実に、私達は多くのことを考え、見出すことができるのではないかと思いますね。

この二人の偉人は、実はあちらの世界では実に親しい間柄だったようでございます。
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by yskfm | 2006-12-25 12:19 | 第一部、想ふこと | Comments(0)

クリスマス

ひとりの男の子に恋をした女の子がいた。
でもその女の子は男の子を好きになれるほどに余裕があるのだということに気付かなかった。
自分がどんなに幸せであるかということに気付かなかった。
だから神様に感謝の祈りを捧げることもしなかった。
クリスマスなのに。
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by yskfm | 2006-12-23 19:37 | 第一部、想ふこと | Comments(0)
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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