<   2010年 01月 ( 18 )   > この月の画像一覧


時代

ドラえもんが現れましたのは、私が小学校2年生の頃でございました。

のびた君の机の引き出しの中から現れた青くてまん丸頭のドラえもんはユニークで面白くて、

それまでオバQの方を向いておりました少年少女が一斉にドラえもんに視点を変えたのですね。

それはもう本当に目から鱗のような、

楽しいことなど余りない暗い時代、暗い瞳の少年少女の瞳が一斉に輝いた瞬間でございました。

のらくろ、鉄人28号、鉄腕アトム、オバQ、ドラえもん、

時代の流れは確実に明るい方向へ、広い視野へ、と移り変わって参りました。

今はエバンゲリオンですか、まあそこまで行きますとおっさんも付いてはいけないのでありますけど、


ところでデジタル画像でディズニーアニメなどを拝見しておりますと、

これはもうカラフルで、お子様方の脳も半端ない程に活性化されるのではないかな、と感じます。

おっさんの頃は白黒でしたからね。

おはよう子供ショーにしましても、おっさんの幼少期は白黒でありましたわけで、

そりゃ今のお子様方の方が頭が良いに決まっているのですね。

それで心も開発されて下さいますと、もっともっと素晴らしい人生を送ることができると思うのですけど、

どうもそれが人生のどこかで環境に洗脳されてしまって心というものを見失う。

幾ら賢くても、聡くなければ、

幾ら知性があっても、理性が未発達では、

どうしようもないと思うのです。


百人一首なんてものもやりましたね。

何が楽しいのかその頃は分からなかったのですけど、

平安時代?か鎌倉時代?の人の作った和歌をカルタにして取り合う。

おっさんは意味なんて全く分からなかったのですけど、

家族がしているものですから、門前の小僧で覚えてしまう。

まつとしきかば 今かえりこむ

これをある時おっさんの頭は、

マット、敷きカバー 今返りこむ

と解釈するに至った訳です。

それが最近では、その和歌を聞く度に、ユッケ、生レバーを食べたくなる。



知識欲あってこその百人一首だと思いますね。


でね、ここまでアニメ技術とかが進歩して、インターネットなんてものが現れて、

パソコンでも簡単にアニメのようなものが作れてしまうようにもなりまして、

で、何気なくおっさんGIMPなんて画像処理のフリーソフトなどを試しに触ってみたり、

色んな事象を眺めたりしておりまして、気付きました。

いえ、以前からそれは分かっていたことなのですけど、

人の心を掴むものには、必ず「光」が関係しておりますわけでございまして、

アニメの製作者さんはそのことを知ってか知らずか、光の神理をアニメ製作に取り入れている。

光の魔法を使ってアニメを製作していたのですね。


まあ、アニメは当然の如く明るい方向に向かうわけですね。
[PR]

by yskfm | 2010-01-31 09:37 | 第二部、今生 | Comments(0)

夢日記

その時、私たちは幽界におりました。

ここも地獄化しておりまして、何度も何度も車を建物にぶつけている人がおりました。


交差点を渡る時に私の履いていたスリッパの片方が飛んで行ってしまいまして、

靴を探さなくてはいけなくなりました。

そうしますと、小さなお店がありまして、ウィンドウの中には様々なものが詰め込まれておりました。

そこに靴が一足だけありましてその靴をお願いしましたら、幾ら持っているか?と訊くのですね。

私は3千円しか持っておりませんでしたから、それを渡しますと、

本当は4千円なんだけど、あなたには3千円で譲ります、と仰られるのです。

きっとこの人は足元を見る人で、6千円持っている人には7千円だと言うのでしょう。

暫くしますと、その人は靴を袋に入れて歩いて行きます。

そうして近くの電信柱に引っ掛けるのですね。

その下には椅子がありまして、その様子を見ておりました人が私よりも早くその椅子に座ってしまいまして、

いえ、これは私の靴だよ、と追い払うのです。

そうして椅子に座っておりますと、靴を履かせて下さるのですね。

そうして何やら足に注射を打って下さる。

どうもそれはどこからか闇で仕入れてきたビタミン剤のようでございまして、

そこで目が覚めてしまったのです。

不思議な夢のお話でございました。
[PR]

by yskfm | 2010-01-28 09:59 | 第二部、大地 | Comments(0)

杉と若木の物語

大地に根を下ろしたばかりの一本の若木がありました。

若木は、まだ幼子でございました。

幼いが故に好き勝手な方向に枝を張り、

我を張り、我侭を云い生きておりました。


またここに何百年も生き続けております杉の老木がありました。

杉は高いところからこの若木の様子を眺めておりました。

杉は頂の上から云いました。

「幼子よ。見るがいい。今日の夕日はとても美しい。

私はもう何十万回この夕日を眺めて来たが、たった一つとして同じ夕日はない。

一日一日、一瞬一瞬で空はまた違った表情を見せる。

これこそ神の手による美しさではないか。

ところがこの世界は、強いものが多くを貪り弱い者が枯れて行く。

これは本当におぞましい姿で決して神の手によるものではない。

多くのものが手本とするべき神の現す美しき姿を知らぬが故である。

これは残念なことだ。

だがしかし、生き物も、時も、この世界のものは全て歩むということが定められている。

だから幼子よ、命を楽しめ。そしてまたこの神の現す美しい姿を楽しめ。

楽しみながら伸び伸びと育って行け。」


(続かない)
[PR]

by yskfm | 2010-01-28 09:35 | 第二部、大地 | Comments(0)

Puppy Linuxがええよぉ

ウィンドウズ2000のサポートが終了するとかしないとか、したとかちゅうお話でございまして、

そんな感じで数年後にはxpも簡単に終了してしまうのだろうな、と感じるのですけど、


日本橋で中古のパソコンを購入して参りましたのは数年前のことでございます。

日本橋は大阪の電気街で東京の秋葉原のようなところなのですけど、

メイド喫茶のような軟弱な店舗も数店存在するようなところなのですけど、

その電気街で購入して参りましたxpのパソコン。

xpが入っていて、ライセンスも付いているものですけど、

このライセンスが事故のあったライセンスであるよと、マイクロソフトさんは勝手なことを仰られる。

おっさんもそうですけど、そのようなトラブルは多いですね。

なんでか。

なんでそうなるのか。

それは勿論、マイクロソフトさんにライセンス認証の解除、とか、

ライセンスの下取りという智恵がないからでありまして、

要は、ビルゲイツは余程のアホボンでただのパソコンオタクでしかなかったと、

いうことが云えるのではないかと思うのです。


使い捨てのライセンスを数万円で売るアホボン。

勿論、事故ライセンスは当然の如く発生して参りますでしょう。

でもそれは、悪人がいたからではなくて、

間違ったライセンスの販売をしているからなのですね。

でもって、このライセンスが将来必ず使えなくなる。

そうなりますと次にマシンに導入するOSはどうなりますか?

また、新しくマイクロソフトの使い捨てライセンスを購入しますか?

と言うお話でございまして、

それでおっさんはLinux系のOSを探していたのですけど、


先日パソコン雑誌を読んでおりましたら、

PuppyLinuxはええよ、という記事が掲載されておりまして、

おっさんも使ってみた。

これはええですね。

他のディストリビュータのものはどこか必ず問題がある。

RedHatLinuxは導入に数時間掛かってしまうし、バージョンごとにコマンドが異なるし、

有料だし、

Ubuntuはバージョンアップすればエラーが出るし、回復できないし、重いし、

そんなこんなで、おっさんサブのパソコンにはPuppyLinuxを採用しようと、

考えておりますところででございます。


ただ、CDで起動してネットにつなげて色々使ってみて、また元に戻してウインドウズを立ち上げたら、

どうも何かの設定が変ってしまったようでLANに繋がらなくなっちゃったのですけどね。

それを調べなくてはいけない。


まあ、しょーもないお話でございました。
[PR]

by yskfm | 2010-01-25 08:53 | 第二部、大地 | Comments(0)

金印は贈られた

聖徳太子が遣隋使に小野妹子を派遣して、

漢の倭のなの国の国王なんて金印を貰ってきた。

日本史で一番最初に躓くところですね。

それに何の意味があるんや、と誰しもわけが分からなくなったのではないかと思うのです。

日本人は良いように考える民族でございまして、

それは髄の皇帝が大和国を対等な一国として認めたからや、

と解釈されているのでございますが、

ちょっとこれを例にたとえて考えてみようではありませんか。


とある街には商店街がありまして、

店主で構成される商店会といいます組合のような組織がございます。

ある時、その商店街から凡そ50メートルほど外れたところに小さな魚屋が営業を始めました。

その魚屋は、商店会の会長を訪ねてこのように挨拶しました。

「わたしとこは小さいし商店街からも外れておりますきに、組合には参加しませんけど、

何かと迷惑を掛けることもあるかもしれませんで、以後よろしゅうに。」

会長はこう考えます。

組合に入らんとは何を小癪な。

どんなに営業手腕があるんか知らんけど、無理にでも入らせることは何ぼでもできるんや。

ただ、50メートルも離れた小さな魚屋、どうでもいいっちゃあどうでもいい。

ここでいさかいを起こしてワシの立場が危うくなっては身も蓋もない。

今まで頑張って築き上げてきたワシの地位と利権も水の泡になってしまう。

何となればスーパーさんにも協力してもろうて追い出すこともできるやろ。

ここはひとまず開店祝いの花でも贈っといた方がええんやろな。


恐らくね、それと全く同じ理由で、金印は贈られたのだと

おっさんは思うのです。

果たして開店祝いの花感覚で金印は贈られたのでございます。
[PR]

by yskfm | 2010-01-22 10:26 | 第二部、大地 | Comments(0)

悪魔と心のかたち

人が、時にどうして悪魔になるのか、

それも幾度か書かせて戴いておりますことでございます。

この世界に悪魔が存在するといいますことはね、

死んでから悪魔になるのではなくて、

生きております間に、その心が悪魔になってしまうのです。

人が、天使としてこの世界に生まれてきて、

悪魔になる。

光と反対の方向に進んでしまう。

その一番大きな原因は、「欲」でございます。

現世的な幸せを求める余り、欲に溺れる。

次第に自分のことしか見えなくなり、自己中心になり、

欲を満たすために次第に強引な方法を取るようになる。

自らの考えを人に押し付け、

自らの望む通りに人を動かそうとするようになる。

それがストーカーという行為であり、

強要や略奪という行為でもございます。

それが原因で、心のなかに矛盾が生じます。

調和と秩序を理想とする心の中の心霊の意識と表面意識が矛盾するのですね。

そしてその矛盾は心の曇りを生み出します。

光が遮られて届かなくなるのですね。

それは自分のことしか見えていないから。

自らを顧みる、

それさえも客観的な高い視点に立たなくてはできないのですから。


欲もある程度は必要なものでございます。

高橋先生は心のかたちを次のように教えて下さいました。

理性と知性、それと欲が同じ大きさであってこそ心はまん丸の理想のかたちになります。

恋愛は理性と欲が大きく膨らみ知性を圧迫しますから、

心はハートの形になるのですね。

そうやって考えますと、悪魔は欲が大きく膨らみ、

理性と知性が圧迫されて小さくなっているのでしょうね。

ですから心がいびつな形になるのですね。


人との関わり合いもね、

互いに与え合い、思いやり合い、助け合い、協力し合い、

そこらへんのところが丁度良くて気持ち良いものです。

それが自己中心の心で人に強制し奪うようになりますと、

心は安らかではいられなくなります。

必ず苦しみが生じて来るのですね。

それは当然の理でありますように思いますね。
[PR]

by yskfm | 2010-01-21 10:51 | 第二部、神理 | Comments(0)

夢日記

いにしえの異国

私は劇作家でありまして、

大きな劇場で自分自身が演じる演劇を作ったのです。

この劇は、受け入れられるだろうか。

それは何か、大きな砂絵を描くというお話でございました。

演劇は受け入れられ大きな歓声に包まれました。


私は、どこか寮のようなところにおりました。

もう帰る時が近づいておりますようで、

仲間たちは慌ただしく荷物の整理をしておりました。

私だけ、まだ何も整理出来ていない。

それで焦っておりますところでございました。


そこには、二人の女性がおりました。

情熱の人と、信仰の人、

その信念の相違から、二人はずっと争っておりました。

互いに見えないから争うのだ。

そのように語り掛ける声が聞こえました。
[PR]

by yskfm | 2010-01-21 10:19 | 第二部、夢 | Comments(0)

お寂しくはありませんか?

冬の夜長は寂しいものでございます。

テレビを点けてみましても何も面白そうな番組がない、

それでまたスイッチを切る。

その途端にまた寂しさが襲って参ります。


いえ、おっさんは寂しくとも何ともないのですよ。

そういう季節ですね、というだけのお話です。


それで鍋でも作ろうかと考える。

一人鍋ですね。

白菜と、きのこ類と魚か肉、

まあ、それに練り物でもありますと御の字ですけどね。

味付けは何でも良いのです。

味噌とか醤油とかバターとか和風出汁とか鶏ガラ出汁とか中華スープとかカレーパウダーとか、

味醂とかお酒とか昨日のインスタントラーメンの余っているスープとか、

別にそれで美味しくなければポン酢に付けて食べれば良いだけなのです。


焼酎のお湯割りに養命酒を加えますと薬酒になります。

これはね、本当に身体中から汗が噴き出して来る。

それで身体を温めて、

体調を整えて、


関西に笑福亭鶴瓶という芸人がおりますね。

不思議なことに彼の周りでばかり可笑しな現象が生じるようでございまして、

彼は芸人ですから日本各地を飛び回ります。

交通手段に時には飛行機も使うのでしょう。

そうしますと、スチュワーデスさんは彼の前でだけ突拍子もない発言をするようです。

いえ、真偽の程は分かりませんけど、


スチュワーデスさんがおしぼりを配っておりまして、

「おしぼりでございます。」といって手渡している。

それが彼の前に参りますと、「おしぼりでござる。」となってしまうのですね。

それで彼は「かたじけない。」とそのおしぼりを受け取ったそうなのですけど、


またある時にはスチュワーデスさんが毛布を持って、

「お寒くはありませんか?」と乗客に訊いて回っている。

それが彼の前に参りますと、「おさびしくはありませんか?」となってしまうのですね。


不思議なこともあったものでございます。


寂しい夜には暖かい鍋と養命酒の薬種、

それと少々の感謝の気持ちがね、

心も身体もポッカポカにして下さいますよ。
[PR]

by yskfm | 2010-01-20 08:58 | 第二部、大地 | Comments(0)

自信というもの

自信にも中道といいますものがありますね。


例えばね、

誰かより自分の方が勝っている、という行き過ぎた自信は、

うぬぼれでしかありませんね。

誰にでも人より優れた部分と劣っている部分があるのですから、

誰にでも、素晴らしい一面が必ずあるのですから、

そういったうぬぼれは神霊の光に晒されますと脆くも崩れてしまいますね。


神霊の光の中で反省した時、

どんなに恥じ入ることになるのか、

どんなにいたたまれない気持ちになるのか、

勿論、深層心理の中でもそういった作用は生じておりますからね、

それは必ず表面意識や生活に不調和となって現れて参ります。


勿論、自信はある程度必要でございます。

これだけは誰にも負けないという自信、

自分に打ち勝つことができたという自信、

そのような自分の中だけでの自信、

ここまでが恐らく自信の限界点でありまして、

これが行き過ぎて自分の外に対して自信が向きますと、

これはうぬぼれ、行き過ぎた自信となって反作用を生じるのではないかと思いますね。


例えばね、おっさんはこんな風に考えます。

無限に存在する分野の中で、おっさんはIT分野がある程度得意な分野でございます。

日本人の中で、ネットをする人は恐らく6千万人程はおりますでしょうか。

その中でね、パソコンを所有してネットをしておられます方は4千万人程でしょうか。

で、ブログをしている人は2千万人、

ホームページを所有している人は8百万人、

自作でホームページを作っちゃう人は2百万人、

プログラムを作っちゃう人は50万人、

いえ、数字は感覚ですけど、


そんな風に考えますと、

この分野では、おっさんは50万本の指に入るつわものだってことになるではありませんか。

いえ、50万本も指はありませんけど、

あったら怖いですけど、

千手観音ならぬ50万本指おっさんですけど、

それが自信というものではないかと思うのですね。


皆様は皆様の得意分野で、

何本かの指に入れば良いのです。

でもね、決してそれは人間として、魂として、

誰かよりも優れている、ということではないのです。


うぬぼれはね、

神のシステムの中では虚しいものでございますよ。
[PR]

by yskfm | 2010-01-17 09:54 | 第二部、神理 | Comments(0)

男と女の恋愛事情

世の中広いもので、色んなお考えをお持ちの方がいらっしゃいます。

例えば、ものごとを恋愛でしか考えられない方、

男女間の友達関係といったものは存在せず、

あの人は恋愛対象にはならないなあ、とか、

あの人だったら一緒にやって行けそう、

なんて常にそういった視点で異性を見ていらっしゃる。

いえ、本当にいらっしゃるのですよ。

まあ、世の中殆どの映画やドラマ、小説に恋愛が紛れ込み、

歌謡曲でありましても恋愛の紛れ込まない歌を見付けるのに苦労する。

そのような現代の風潮がそういった人間を生み出しているとも考えられますけど、


おっさんは貧乏人でございます。

ところがどうも頑張っていらっしゃる人などを拝見しますと、励まして差し上げたくなる。

焼肉でも食べさせてあげたくなる。

でね、焼肉食べに行きませんか、ってお誘いするのですけど、

そういった恋愛絶対主義の人からしてみますと、

「どうせ下心あって誘っているのでしょう。だったらこっちも値踏みするわよ。」

ってなもんでね、

いきなりかけ引きとか嘘とかでおっさんを試しに掛かって来るのですね。

不誠実になって来るのです。

これはもう、たまりませんね。

力になって差し上げたいと思っても、

その人が恋愛目線でしか見て下さらないのでしたら、

おっさんも呆れて嫌気がさしてしまうのですね。


まあ、最近は焼肉も余り美味しいとは感じなくなってしまいましたけど。


ところで話は変りますけど、

結婚を前提としたお付き合い、

そんな婚活用語がございます。

結婚を目的としたお付き合い、のことですね。

結婚をゴール地点として、そのために付き合ってみてお互いの品定めをするのですね。

結婚するために、ちょっと一緒に結婚というゴールを目指してみませんか?

といった付き合いですね。


でもね、多くの男は、結婚を前提というよりも、

性交渉を前提にしてお付き合いしているのですね。

結婚を前提としたお付き合い、と女性が幾らそう考えておりましても、

男性は性交渉を前提としてお付き合いしている。

で、それが暗黙のうちの了解事になってしまっておりますようなケースも見受けられまして、

案外それが上手く行っている。


恋愛事情といいますものは全く複雑なものでございます。

おっさんのような異世界の住人にはもうわけが分からないのですね。

また、恋愛ばかりに目が向いておりましても、

人生余り楽しく生きることはできないのではないかな、

とおっさんは思うのでございます。

まあ、おっさんも若かりし頃はそうだったのですけどね。
[PR]

by yskfm | 2010-01-16 09:47 | 第二部、大地 | Comments(0)
line

日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


by yskfm
line
カレンダー