<   2010年 06月 ( 20 )   > この月の画像一覧


食と運気の話


昨夜はスーパーで握り寿司八巻358円で買って参りましたおっさんです。
久しぶりのお米は些か腹に堪えますね。
寿司八巻と云いましてもご飯茶碗二杯分くらいの量がありますから。
これがおっさんが子供の頃には寿司八巻でもお腹が空いて空いて仕方がなかったものでございます。
空腹で涙がちょちょ切れたこともありますね。
成長期にはその程度では足らないのでしょう。そうしてその栄養不足が身体の成長を妨げ、心身の安定を欠き虚弱体質にもなってしまう。
それはおっさんが経験してきたことですからよく分かるのです。

その反動で、おっさんは社会人になりましてからやたらと食べるようになりましたね。
好きなだけ食べる。腹一杯食べる。満足するまで食べる。
それでもまだ、上司の人に食え食えと言われて、これでもか、これでもかと食べておりました結果、
肩幅が5センチほど大きくなりました。
縦には伸びないけれど、横には伸びるのですね。20歳代でもまだまだ骨は伸びるのです。
それまでは、「ちっちゃいちっちゃい」と云われておりましたけど、もうそんなことはないのですね。
ただ、頭のサイズはちっちゃいですけどね。大きくなりませんけど。

で、そんなことをしておりますと、50キロの体重が57キロ、64キロと増えに増えまして、今はなんと70キロ前後。
それでもね、流行病にも罹らなくなりましたし、虚弱体質だってどこか遠くのお空の向こうへ、
とんでっちゃいましたね。
その分、考え方も豪快?になりましたし、でかい声も出るようになりました。力量も増えたと思います。

でもね、やはり大食漢は運気を封じてしまうのですね。
それでおっさんは食べない訓練もしたし、(まあ、食べれなかったという見方もありますけど、)
それで54キロ程度まで体重を落としたこともあるのです。
今はまた70キロ前後ですけどね、食べないときは食べないし、食べるときは食べるのです。
一日食べなくてもちっとも負担にはならないですし、それでそうということもないのです。

そうなのですよ。食事の量は運気と密接に関係しているのですね。
空腹状態が続きますとどんどん運気が良くなって、
満腹状態が続きましたらどんどん運気が悪くなる。
何度も主張しているのですけど、余り誰も真に受けて下さらないのです。
でもね、本当にそうなのですよ。
だからと言いまして、無理をして食べない状態が1年も続きますと殆どの人は命を落としてしまうと思いますけど、
少なめに食べる。これは食の犠牲を無駄にすることもありませんから功徳にもなるのですね。

一汁一菜、まあこれは極端な話ですけどね、
中道を逸れない程度に空腹を楽しむ時間も設けてみる。
そんなことも良いのではないかなとおっさんは思いますね。
[PR]

by yskfm | 2010-06-29 10:36 | 第二部、大地 | Comments(2)

命懸けでやってみよ、力の限り生きてみよ

私は、神霊や守護霊様方のカウンセリングを受けていたのだと、最近になってようやく理解しました。祝詞や、御護符のお力添えもあったのでしょう。そうして、神霊や守護霊様に導いて戴けますようにある程度のところまで浄化して戴き、カウンセリングを受けつつ、導かれつつ、10年。
カウンセリングはとても厳しいものであったと感じております。命懸けでやってみなさい。どうだ、気持ちいいだろう?、爽快だろう?、楽しいだろう?、魂が悦びに溢れているだろう?、そのように人は生きなくてはいけないのだぞ、ってね、その繰り返しなのです。それは泣き言ひとつ許されないカウンセリングでありましたように思います。

最近になりまして、ようやく命懸けでやってみるということが次第にできるようになって来たと感じております。力の限り生きてみる、それは駄目だったら仕方ないけれど、力の限り生きなくて何の人生ぞって思いが自然と生じて来るのですね。
この10年はカウンセリングの10年、そうしてこれからは次第にその想念が形を現して来るのだろうな、変化して来るのだろうなと思うのです。

己と向き合う、それは取りも直さず神霊や守護霊様と向き合うということなのですね。そうして、自分自身に厳しく向き合っておりましたら、必ず神霊や守護霊様方が手を貸して下さる、カウンセリングして下さる。悪いところを教えて下さり、課題を与えて下さる。それはどのような形で現れるかは人それぞれでしょうけど、その道は真っ直ぐに続いており、その先にその人の本当の幸せな人生があるのではないかと思います。
己と向き合わずして何も形を成さず、何も変化しないのです。それは同じものを同じ次元で違う見方をしているに過ぎないのですね。そうして、その人が変われば環境も変わりますでしょう。人間関係だって変わって参ります。人生だって全く違うものになるはずなのです。

運命や宿命などと申します。宿命はどうしても変えられない前世で計画して来たことですね。この世に生きて何を成すのか、何歳まで頑張って帰るのか、運命はご自身の生き方で変えることのできる部分ですね。どのような職に就き、誰と結婚してどのような家庭を築きくのか、そういったところでしょう。そして、仕事への向き合い方次第、家庭への向き合い方次第で自ずと幸せになれるかそうではないかも決まって参ります。たとえ50歳までしか生きられない人生でありましても、幸せな人生だったと感じて帰りたいではありませんか。

客観的に厳しく己と向き合ってみる。どんなに苦しい時でも、悩んでおります時でも、だからこそ己と向き合い神霊や守護霊様方のカウンセリングを受けてみる。そうしますと、どんなに時間が掛かりましても必ず道が開けて参ります。神霊や守護霊様方に頼るのではないのです。いえ、神霊を親と思い甘えることは構わないのです。ただ、神霊は私たちの魂の成長のために必要以上の蜜は与えては下さいませんでしょう。それでも、必ずご自身の力で道を切り拓けるところまで導いて下さるのですね。
[PR]

by yskfm | 2010-06-27 19:26 | 第二部、今生 | Comments(0)

伝えたいこと

人間的な魅力って何だろうか。私たちは考えます。楽しく、活き活きと人生を楽しんでいる。個性が光り輝いている。前向きに自分からどんどん色んなことに目を向け、経験し、魂を肥えさせている人間。それが本当の人間的な魅力ではないでしょうか。そして、そこから生まれて来る色んなアイデア、知恵、真摯で情熱的な姿勢、愛、魂の声、叫び声、もっと光をと両手を広げてこの大宇宙さえも抱え込もうとする、そんな人間に私たちは憧れます。いえ、誰だって憧れますでしょう。
経営者っておりますね。例えば大企業の社長。立派な椅子に踏ん反り返って自らの狭い視野、頑なな考え方に固執し、決して他の考え方を省みようともしない、傲慢で地位にしがみ付いている、そんな大企業の社長なんかよりも、下っ端の平社員でも本当の魅力のある人間が私たちは好きなんです。

年齢と言いますものもございます。「亀の甲より年の功」なんて言いますね。でもね、何歳になっても子供のような人もおりますし、おぎゃーと産まれた時から立派な大人のような考え方をなされます方もおられますね。何の経験も積まずにひとつの会社にしがみ付いて、毎月安定した給料を戴いて生きて来ましたって人ですね。寄生っていうのでしょうね。過保護だと思います。充分な給与を戴いているにも拘らず少ないってんで労働組合の力を借りて春闘とかで闘うのですね。でもそれでは感謝と言いますものはどこに行ってしまったのでしょうか。そうしてそのようにマイナス思考で生きております間に、人生を前向きに楽しく生きている連中に追い抜かれているんです。
勿論、経営者にも従業員に対する感謝と真摯な姿勢は必要でございます。従業員一人一人、どうやって育てて差し上げるか、一人前の立派な人間に育てて差し上げるか、それがね、人材育成であり、会社を大きくするための必須課題だと思いますよ。
与えられた環境に満足して、感謝して、そうして報恩の行為。その報恩の気持ちが経営者にも従業員にもありましたら、その気持ちはプラスの力に変わりますでしょう。会社を大きくして給料を増やす力ですね。ところがね、不満を持って憎しみ合い、愚痴を言い合っておりましたら、それはマイナスの力に転じてしまいますよ。会社が危うくなって従業員の給料だってどんどん下がって行くようになるんです。それはね、考えてみられましたらお分かりになられると思います。

一番正しい道はね、一つしかないのですよ。中道と言う道ですね。互いに良い方向に関わり合い調和を生み出す道です。そのために今私たちが何をなすべきか。それは偏に真摯に、誠実に、前向きに自分自身の生き方と対峙し、お天道様に恥じないように真っ直ぐに生きることなんです。真心で生きることなんです。それが己を変え、人を変え、環境を変え、さらには社会を変える起爆剤になるのです。慈愛を以て人に尽し、社会に尽くすことなんです。そうやって力一杯に遣り甲斐を持って生きておりましたら、ご自身だって楽しいじゃありませんか。
今の社会はね、残念ながら怒りを感じます。沢山の憎しみや嫌だ嫌だ、苦しい苦しいという念を感じます。それが人や社会の病となって現象化している。それは事実でありますように思いますよ。社会に関わる人が命を恐れ、欲に溺れ、自己中心的に生きて来た結果なんです。それをね、私たちはまず訂正しなくてはいけない。

例えばね、愛をお持ちですか?お父さん方、お母さん方、経営者の方々、わが子や従業員を育てるために我が身を省みず尽す愛はお持ちですか?大自然には親が子供を護るために犠牲になるようなシーンが沢山あります。大自然は聡いですよ。そうやって種を残し、繁栄させるのですね。そこには虐待もありませんし、親が子に執着することもありません。子供だってそう易々と親に依存させては貰えないのです。
ところが人間界はどうでしょうか。マザコン、ムスコン、虐待、すねかじり。また会社の中にありましては、窓際族、左遷、リストラ、派遣切り、ハラスメント。互いに利用し合い、依存し合い、執着し合い、虐め合い、憎しみ合い、そのドロドロとしたヘドロのような真っ黒な想念の塊は会社を覆い、社会を覆い、病や貧困を生じさせ、さらには多くの凶悪事件を生じさせているではありませんか。それは愛なき故、欲に塗れ歪んだ愛故の結果なんです。
求めることが愛ではないのですよ。与えること、その人を本当に好きになって、もっともっと好きになろうと努力して、その人が魂を成長させるために本当に必要なものを与えて差し上げようとする心の動きが愛なんですよ。それは自分自身にも相手にもある意味厳しいものでありますでしょう。ですから慈悲が必要になって来るのです。愛だけではいけないし、慈悲だけでもいけないのです。愛と慈悲が釣り合った中道の心、それは理性と知性の釣り合いと言い換えることもできますでしょう。

何が正しくて何が間違っているのか、多くの人が気付けずにいるのです。この混沌とした社会の中で、正しい方向さえ見出せずにいるのですね。それは正しい方向を知らないことと、今の状態に余り疑問を持たない、問題意識を持たないからなんです。でもね、本当に正しい答えは心の中にあるはずなんです。私たちには誰にでも善の意識がありますからね。そうしてそれは神霊の意識と繋がっているとも言えるのです。自らの心と向き合い、内省して執着を捨て、依存を捨て、その下から現れて来る命の恐怖や欲、自己中心的な考え方を捨て去ったところから本当の答えが見えて来るはずなのです。
[PR]

by yskfm | 2010-06-25 20:39 | 第二部、神理 | Comments(0)

そうなんどす

人間ちゅうのは、あかんたれどす。

おっさんかて、あかんたれどす。

いえ、あかんのは分かっとります。

だから修行しとるんどす。

今しかないんどす。

死んでしもたら元も子もないんどす。

人間、誰が悪いとか、

そんなことないんどす。

みんな、死んでから分かるんどす。

お互い様なんどす。

恨んだら地獄に落ちるだけどす。

縁は己を磨くためにあるんどす。

過去世あっての今生どす。

腐れ縁を乗り越えられたら素晴らしい功徳どす。

だから、今日を限りの命と思い、

すっぽんぽんで遣り直すんどす。

この人、この時、この出逢い、

大切にすることどす。
[PR]

by yskfm | 2010-06-25 10:36 | 第二部、祝福 | Comments(0)

プリンターの苦難

おっさんが今のプリンターを購入しましたのは凡そ年ほど前のことでございます。

スキャナーにもなって1万5千円ですから、

プリンターも安くなったものだなぁと思いながら買って来たのです。

二昔前のワープロなんて15万円もしましたものね。

それを考えますと本当に安くなりました。


ところがですね、

そのプリンターが2年程度でエラーコードを発するではありませんか。

調べてみますと、どうも廃インク吸収パッドが一杯になっている、ということのようでございまして、

どうもこれは個人でどうこうできるものではなくて、そのメーカーのエンジニアに任せるしかない、

のだそうでございます。

その費用が1万円弱。


そりゃあ誰だって新しいプリンター買いますよね。

幾らモッタイナイ主義のおっさんでも、そこは修理する方がモッタイナイのですから。


でもね、

2年で使えなくなる1万5千円のプリンターと、

20年以上使えて15万円のワープロでは、

費用対効果は全く違わないのですね。

技術は進歩しておりますようで、全然進歩してはいないのです。


ウィンドウズだってバージョンが上がる度に使用するリソースが何倍にも増えるのです。

パソコンのリソースが幾ら増えたからと云いましても、新しいバージョンのウインドウズしかちゃんと動かず、

で、新しいバージョンのウインドウズを入れましたら全然リソースが増えた気がしないのです。


これって、どうなんでしょう。

科学技術の進歩に伴って便利な暮らしができるかと云いましたら、そうじゃあない。

廃インク吸収パッドだって個人で取りかえれるような仕組みを考えるだけで、

プリンターはずっと長持ちするはずなのです。

それが考え方一つでプリンターを消耗品にしてしまい、

緊急時のことを考えて予備のプリンターまで準備しておかなくてはいけない。


メーカーさんももう少し考えたらどないなん、と感じるのは、

おっさんだけではないと思うのですね。
[PR]

by yskfm | 2010-06-24 09:47 | 第二部、大地 | Comments(0)

ペンギン親子

a0040949_21463568.gif


只今、ペンギン親子GIF画像配信中!

[PR]

by yskfm | 2010-06-22 21:48 | 第二部、祝福 | Comments(0)

Androidの苦難

おっさんはAndroidで動くあるプログラムを作ったのです。

それは、ペンギンの親子の写真8枚ほどがゆっくりとぱらぱら漫画のように動いて、

まあ、物語っちゃあ物語っぽく仕上げただけのものなんですけど、

そのプログラムを、はて、どうしようか、

と悩んでおります。

GoogleさんのAndroidMarketというところに登録しようかと考えたのですけど、

そうしますと、25$をクレジットカードで支払わなくてはいけないのですね。

でもね、でも、

おっさんはクレジットカードなんてお洒落なものは持っておらないのですよ。

いつもニコニコ現金払いですからね。


どなたか欲しい人いらっしゃいますか?

266Kb程度のものですけど、

どうにかして動かしてみて下さる、なんて人がいらっしゃいましたら、

aar96280@par.odn.ne.jp

までメール下さいましたら添付して送らせて戴きますけど、

ただ、たいした物ではないです。

くだらないものです。

くだらなくて、どうしようもないものです。

ほんまにもう、どうしようもない、ものです。

それでも宜しければ、、、
[PR]

by yskfm | 2010-06-21 23:14 | 第二部、大地 | Comments(0)

王になる人とそうではない人

人の居場所と言いますものは、最初っから決まっているのではないかな、

と、おっさんは思うよ。

だって、その前提あってこその個性であり、趣味や特技の傾向であり、

生まれながらに神霊から与えられた能力なのですから。


王になる人、

例えば織田信長や豊臣秀吉、徳川家康、

時を読むのが上手かったのでしょうね。

或いは導かれることが上手だったのかも知れない。

それは、状況に惑わされない強い心があったからこそなんですね。


これが状況に惑わされておりましたら、時を急いでしまう。

焦ってしまう。

それで裏工作などをして、必ず失敗しますね。

命を失ってしまうようなことにもなるのです。


ですから、自分を確りと持って、よろめかず、揺らがず、状況に惑わされず、

慌てず、急がず、

その強い心、信念と平素からの弛まぬ努力が大切なのですね。

おっさんもそのような強い心を持ちたいと日々願っておりますけど、


王になれないものもね、最初っからいるべき場所は決まっているのですね。

そうして時満ちれば必ずその場所に導かれるのですね。

王という役割、

王ではなくそれぞれに果たすべき役割、

天命。

天命でない者が王になろうとする。

天命であるものが王を譲ろうとする。

これも間違いなくそうはならないし、身を滅ぼしてしまうことになるのでしょうね。


ですから、身の程を知って、

威張り腐らず、卑下し過ぎず、

淡々と自らの天命に向かって、日々の積み重ねを続けることなのでしょうね。


それから、美しさ。

これは例えば日々の心掛けと努力で妖精が舞い降りて下さるのでしょうね。

決して美しさはその人のものではなくて、

時が経ちましたら、

心掛けと努力を怠りましたら、妖精は飛んで行ってしまうのです。


王になるにも美しさを得るにも、

転生の約束と、神霊の思惑があって、

その人がその人の役割を全うするために必要だからこそ、

時が満ちれば与えられるもの、

何らかの力の作用が及ぶものだとね、

おっさんは、思うよ。


ただ、人は基本的に誰だって美しいはずなのです。

外も内もですね。

だって私達は誰でも、神霊の懐から生まれて来ているのですからね。
[PR]

by yskfm | 2010-06-16 11:13 | 第二部、大地 | Comments(2)

合掌

この世界に生まれて来られました全ての人の中に、

例えば、学ぶことが嫌い、なんて人がいらっしゃるはずがないのです。

身体を動かすことが嫌い、

不良になって楽しい、

社会の役に立ちたくない、

人と争いたい、

力一杯生きることが嫌、

そのような人がいらっしゃるはずがないのですね。


それは私たちは万人がそのように心して生まれてきたのですから、

皆が仲良く楽しく和気合い合いと、

力一杯に学び、身体を動かして社会の役に立ちたい。

そう心して生まれて来たのですから、

間違いなくそう云えるのですね。


ところがね、生まれて来られましてからの、

育った環境とか、教育や思想、考え方などによりまして間違った判断を備えてしまう。

埋込まれてしまう、洗脳されてしまう。

それは何と勿体無いことかと思います。


その結果、神霊の存在にも気付けず、

日々苦しい苦しいと喘ぎながら生きなくてはならなくなってしまっているのですね。


真っ直ぐ前を向いて、心を正して前向きに生きる。

心を込めて祝詞を読み上げたって良いのです。

本当に正しい在り方は、

正しく生きるとは、

物事の本質は、

と心に問いかけて正しく前向きに生きることを心掛けておりましたら、

少しずつでも答えが見えて来るはずなんです。

見えて来ないのは心が前向きで正しくないからですね。

でもね、そうしておりますと本当に毎日が楽しくなって参りますし、

命の目的とか、

何のために生まれて来たのかって感じ取れるようになるはずなんです。


失敗したって良いのです。

でもね、前向きに正しく生きることの素晴らしさにも気付けず魂を悩み苦しませたままで、

失敗したらどうしよう、とかね、

うじうじくよくよおろおろとね、

そんな状態なのでしたら一度力一杯前向きに正しく生きてみれば良いのですよ。

何だって信念を持って向かってみて、やってみて、

その時に神霊は間違いなくお力添え下さるのですし、

なんたって正しく生きている人を神霊が見捨てるはずがないのですね。


左右の手を丁度胸の真ん中で合わせて合掌しましてね、

姿勢を正して腹に力を入れるのですよ。

それが中道の印ですね。

そうやって日々正しく考え、正しく行動し、正しく願い、正しく働き、正しく発言し、、、

正しく生きて行くことなんです。

光は必ずそのような生活の中に差し込むのだと思いますよ。
[PR]

by yskfm | 2010-06-14 19:47 | 第二部、大地 | Comments(0)

マグロとか、鮭とか

マグロとか、鮭はね、

生まれて参りましてから死ぬまで泳ぎ続けるのですね。

マグロなんかは、止まってしまいますと餌が食べられなくなって死んでしまうのです。

おっさんが思いますに、これはね、マグロさんの深層心理の中に、

「進み続けなくてなんの命ぞ!」って思いがあるのだと思うのです。

ところがね、このマグロさんの数が今、少なくなっているそうでございまして、、、


海にも道はありますね。

太平洋にも、大西洋にも、インド洋にも、日本海にも、瀬戸内海にも、

道があるのです。

海流ですね。

鮭さんなどは必ず産まれた川に戻って来ると云われておりますけど、

この海流が道のような役割をして、その道しるべを頼りに産まれた川に戻って来れるのでありまして、

別に砂漠とか青木が原の樹林のように何もない、方向も何も分からないような中を戻って来るのではないのですね。


そうして、この鮭もまた、産まれた川に戻って来ないメンバーがいらっしゃる。


これはね、恐ろしいことだと思いますね。

先程の、るるるの歌には未来編ってのがあるのですけど、

この海の道もきっと流れが弱くなっていたり、かなり変わっちゃっていたりするのではないかと思いますね。


そうして、やがてはマグロも鮭も、多くの海産物が取れなくなるかも知れないなあ、

とおっさんは思うのです。

まあ、日本はマグロの養殖技術がありますからあれなんですけど、

今のうちにたらふく味わっておかれますことが良さそうですね。
[PR]

by yskfm | 2010-06-14 13:34 | 第二部、大地 | Comments(0)
line

日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


by yskfm
line
カレンダー