貧乏ゆすりに見る道理その2

では、どうして隣の席の人の貧乏ゆすりが気になってしまうのでしょうか?

そこには紛れもなく、隣人愛の欠如が見えて来るのですね。

愛の欠如から、全てのトラブルは生じているのです。

今の時代、社会がこのような状態になってしまっておりますことも、

人類の抱える業が要因として存在し、

深い深い道理から今このような社会になってしまっているのですから、

私たちはそれをよく心して意識的に自分自身の中に愛を育むことが大切でありますように思います。


現代人の考え方を見ておりますとね、

どうも「嫌いだからやっつけたい」「嫌いだから揚げ足を取って批判中傷して失脚させてやりたい」

と、そういう心の動きが見えて参ります。

マスコミにありましても些細なことを取り上げてそれがとんでもない悪事であるように報道する、

視聴者を洗脳しようとする。

そのような在り方が見受けられます。

或いは思想団体や宗教団体の関係者がその中に存在して細工しているのかも知れませんけど、

害があるのでしたら、勿論排除しなくてはいけません。

でも、害がないのなら、放っておけば良いのです。

嫌いだからやっつけたい、と、それは魔物の考え方ではありませんか。

そこには全く愛がないのですね。

どんなに嫌いな存在でも、根底には最低限の愛に裏づけされた優しさ、慈悲がなくてはいけませんね。

だって私たちは神様の子供で、仲間なんですから。


最近は騒音問題も多いですね。

隣人がうるさい。

でもね、隣人の話し声が聞こえるような壁の薄い安価な賃貸住宅では、

ある程度の騒音は我慢しなくてはいけませんね。

互いに騒音を出さないように、また、互いに辛抱し合うようにしなくては、

その意識がなくては決して騒音問題に解決を見ることはありませんでしょう。

勿論、その根底には隣人愛があるべきでありますことは当然のことでありましょう。

それが嫌なら防音設備の完備した高級マンションに引っ越すしかありませんね。


その前提で話し合い、お願いし合い、理解し合い、妥協し合い、譲り合う。

それをせずに怒鳴り合い、憎しみ合い、けなし合い、責任を押し付け合い、

それでは絶対にトラブルは解決しませんね。

それではトラブルメーカーですからね、

私たちは心しなくてはいけませんね。


責任の所在がどうにも分からないようでしたら、事象を分解して考えてみる。

欠けている要因を探し出す。

その手法が役に立って下さいますでしょう。

そう思います。
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by yskfm | 2010-03-14 02:07 | 第二部、大地
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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