今、生きている幸せ

何かね、上手く話せるかどうかは分かりませんけど、


例えばね、人間の子供を犬猫のように躾ければどうでしょうか?

確かに、従順に育ちますね。

でも、その分心の自由度は失われてしまいます。


社会にありましても、人と犬猫のような主従関係は至る所で見受けられますね。

強いものが弱い者を従える。

それは腕力の場合もありますでしょうし、立場上の場合もありますでしょう。

強いものが弱いものの自由を奪っているのですね。


ただ、自由を奪おうとする者に自由を奪わないでとお願いしましても、

それは無理な話で、

自由を奪うものは次から次へと際限もなく現れて参りますでしょう。


ここに、不満という兵士がおります。

いえ、心の中にいるのですね。

自分本位という武器を持って、

自己保存という鎧に包まれ、

自我我欲という攻撃をする兵士ですね。


この兵士は、自分たちが護っている心の王国の内側のことには関心がないのですね。

自分たちの欲を満たす上で障害となる敵を攻撃することしか考えてはいないのです。

そうして、欲は、次から次へと際限もなく生じて参ります。

だから次第に心の王国が他に害を与える軍事王国に成り下がってしまうのですね。


そしてまた、ここに満足という名の僧侶がおりますね。

満足という名に相応しく着るものにも食べるものにも無頓着、

腰が低く、深く頭を下げるその姿は感謝そのものであり、

辛抱強く説法を繰り返すその勤勉なひたむきさは、

生かされておりますことへの報恩の行為そのものですね。

その僧侶が反省という名の説法でこころの王国を善導して下さろうとしているのです。


不満が増えれば兵士が増えて争いが増えるのですね。

不満という戦争、

世の中に戦争を厭う人は多くても心の中の戦争に目を向ける人は少ないですね。

その逆に、僧侶が増えますと心の王国は安らぎに満たされるのです。


この世界には迫害しようとする人もおりますし、

強要しようとする人もおりますでしょう。

自由を奪おうとする人もいるのですね。

でもね、要は人なんて関係ないのですね。

全て自分との闘いなんです。

孤独な闘いなんです。

ですから不安にもなりますし、絶望だってするのです。

それはね、当たり前なんです。

そうして、その不安や絶望を超えたところに神霊は存在するのですし、

神霊の意識がその不安や絶望を超えさせて下さるのですね。


そうして、自分に打ち勝って、

どのような敵にも侵害されない心の王国を確立して、

自立して、

足元が固まって余裕が生じましたら、

また人の人生とも向き合って差し上げましたら良いのですよ。

そうしましたら、その人を想う行為と想念は、

さらにご自身の人生を豊かにして下さいますでしょう。


まず、生きていることのよろこびを感じて感謝することですね。

今、ここに居ることの幸せ。

その上に食べるものがあり、着るものがある、

その上に愛する人だって居る。

それで不満なんて持ちますと罰が当たりますよ。

きっとね。
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by yskfm | 2010-04-24 09:41 | 第二部、魂
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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