人を赦さない国民性

たとえばですね、

被災地で幼稚園のバスが海沿いの道を走ったために津波にのみこまれた。

なんて被害者遺族が幼稚園を訴えて裁判になっておりますけど、

同じ被災者でありながら何故仲良くできないのかと思うのですね。

自分たちのことしか見えていない。


また、力を尽くして治して下さろうとしたお医者様のちょっとしたミスを責め立てる。

自らの罪には寛容でありながら、人の罪は決して赦さない。

国民性なのか、人類の業なのか、


その昔、アグダラのマリアがキリスト様の前に連れて来られました時に、

人々はキリスト様に、マリアを打って下さい。と詰め寄りました。

その時キリスト様はこのように仰られたのですね。

「罪のないものが打てばいい」とね。


罪を犯したものを打つことが正しいことなのか、

罪を犯したものを赦すことが正しことなのか、

神はどちらの人の罪をお赦しになられるだろうか。

そして人類はことごとく前者を選択して参りましたように思います。

一見正しいように見えて誤った選択を人類は常に行ってきたのです。

そうやって人類は業を高く高く積み上げてきてしまったのですね。


今、この間違った条件反射を修正しなくては人類に未来なんぞあり得ない。

これから、

力による支配を選択するのか、対話による和解と協調を選択するのか、

奪うことを選択するのか、与えることを選択するのか、

強要と強制を選択するのか、自由と尊重を選択するのか、

さあ、どうする?


選択を一つ誤ればその反作用は必ず人類の未来に暗い影を落とすのです。

ですから私たちは清く聡いまなこでしっかりと選択していかなくてはいけない。

そう思いますね。
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by yskfm | 2011-08-12 09:31 | 第二部、大地
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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