中国と北朝鮮、おっさんなりの解釈

いや、おっさんは時に勝手な解釈をするのでございます。

日本の西側が倭国と呼ばれておりました頃、

まあ、卑弥呼さんがいらっしゃいました頃ですなあ。

倭の中でも一際強大な国が邪馬台国でありましたわけで、

そこを卑弥呼はんは統治していなさった。


邪馬台国は何度か朝鮮半島に戦いを挑んでおりましたわけですな。

そして、朝鮮半島の南の方に伽耶という小部族が集まった場所があるのです。

まあ、それ以外のところは新羅と百済、高句麗が国家を築いていたのですけど、

そこに邪馬台国は進軍して、村を作っていたのでしょうな。

任那(みなま)なんて呼んでおりました。

任された国って意味なんですな。

まあ、勝手に邪馬台国の連中がそのように認識しておりましただけで、

新羅も百済も高句麗も、それを国とは認めていなかった。

増してや倭人が治めているなんて、冗談にも程があると考えていたのですな。

まあ、その伽耶地方も新羅によって制圧されてしまいましたわな。

中国が、魏・呉・蜀の三国で分かれたいた時代のことです。


その三国が、宋という国と、北魏という国に変わりまして、

それから隋になりました。

その頃が丁度聖徳太子さんの頃ですな。

中国に遣隋使を派遣するわけです。

有名なのが小野妹子さんどすな。


小野妹子はんは中国と大和国の対等性を認めさせようとしたのですな。

ところが中国は強大な国でありまして、

高句麗も、新羅も百済も、隋の属国にしてくらはい、

他国に責められた時には護って下さいと貢物を持っていってるのですな。

大和国だけがまあ、貢物もせんと、

いや、それならそれで困っても助けてやらへんでってことで、

何やら金印を妹子はん、貰ってきよりましたわな。

まあ、海を隔てた国やし、好きなようにしたらよろしおますがな、ってところなんでしょう。


でね、それから何度か、大和国は朝鮮半島に攻め込んでいますな。

植民地が欲しかったのでしょう。

中国大陸に行くにもええ情報を仕入れてくるにも、

一々舟で何ヶ月も掛かっておりましたら大変ですからなあ。


ところがそこはやはり属国であるもんの強みで、

隋の援軍で新羅や百済は大和を悉く粉砕しよるんですわ。


隋が唐に変わり、

その時も新羅や百済、高句麗は貢ぎもんをしたのでしょうなあ。

やっぱり。

白村江の戦いっておましたがな。

斉明天皇の時ですな。

九州北部に本拠地を設けて舟で朝鮮半島に攻め込みましたわな。

その場所が白村江(はくすきのえ、はくそんこう)と呼ばれた場所でね、

やはりそこでも唐は新羅軍に味方しますわな。

勿論ですよ。

大和は貢物をしていないのですから。


中国と朝鮮半島はそういった主従関係がずーーーーっと続くのですな。

豊臣秀吉はんも朝鮮半島に出兵しましたけど、

その時も明の援軍で秀吉はんは逃げ帰ってきはりましたやんか。


恐らく今もずっとその関係が続いているのでしょう。

ですから中国も北朝鮮には冷たく当たれないのでしょう。


丁度ね、北朝鮮のある場所に、昔は高句麗があったのですな。

おっさんは、これを「鼻が高くて麗しい」と勝手に解釈しましたけど、

韓国人が北朝鮮の女性を美しいと見るようにね、

やはりその地方には鼻の高い民族がいたのでしょうな。

それが北朝鮮なわけですな。


まあ、そんなことを考えるおっさんでございますよ。

あははは
[PR]

by yskfm | 2012-03-07 01:58 | 第二部、大地
line

日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


by yskfm
line
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30