尊きもの、敬うべきもの

尊きもの、敬うべきものは、自らの心と悟りをお開きになられました仏だけで良いのです。

勿論、先を行く者を手本とすることは大切ですけど、

宝石と生ゴミのどちらに近いかと云いますと、生ゴミに近いのです。

神と獣のどちらに近いかと云いますと、獣に近いのです。

仏を見抜けず、世俗に塗れた先達を師と仰ぎ、

大いなる悟りの機会を逃してしまわれましても、

恐らくそれはご自身の業によるものでありましょうけど、

何と勿体無いことかと思います。

悟りをお開きになられました仏やその弟子に

猿を「仏陀さん、これが私の師でございます。」と紹介されましても、

師の素晴らしさを幾ら説明されましても、

仏やその弟子が猿に仕えることは絶対にないのです。

2千年強の歳月を経て転生されて生まれて参りました仏陀釈尊、

高橋信次先生を見抜けなかった私も、

今となりましては愚か者であったとしか云えませんけど、

彼を超える者が現在のどこにおりますでしょうか。

仏は転生しない、と、仏もあらゆるものが神の法の下に転生する。

神は私達人間の幸せだけを願って下さっておられる、と、

神は大自然に含まれる万物に調和の道を示して下さっておられる。

神が神罰を下す、と、

神が神罰を下すのではない。自らの中に存在する真実の心についた嘘が自らを裁くのである。

欲しい物を引き寄せて贅沢な暮し、満足する暮しをすることが真の幸せである、と、

与えられた範囲で満足し、

その範囲で力一杯に生きぬく努力が徳となり、天に宝を蓄えるのである。

そのどちらが正しいのかも見抜けないから、

魔の洗礼をも受けなくてはいけなくなってしまうのです。

心が闇の状態で魔を導こうとすれば、当然魔はご自身の心を支配しようとしますでしょう。

それを理解しないまま自らが師である、尊師である、と名乗り出るものがおりますから、

私は恐ろしい。

それは魔に憑依された者をただ増やすことにしかならないからです。

まず教祖が魔に支配され、

次々に弟子達が魔にやられるのです。

それがどこの団体か、

全てですよ、全て。

それは仏陀釈尊の正法、高橋信次先生の正法を知らないから。

宇宙の、大自然界の法を理解していないから。


残念なことに、私が高橋信次先生のことを申し上げましても、

新手の新興宗教の教祖ではないか?怪しいのではないか?

と疑われます方も多いことと思います。

神も悪魔も見抜けない人が仏を見抜けるわけはありませんでしょう。

でも、どこかの宗教(仏教、神道も含めて)や精神世界系の団体に走るくらいでしたら、

その前にまず彼のことを良く知って欲しいと思いますね。

それで道を踏み外さずにすむのでしたら、それは願ってもないことでございます。
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by yskfm | 2008-07-01 20:58 | 第一部、想ふこと
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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