信じるべきもの、信じるべきではないもの

例えば人生が上手く行かない。
そんなことは誰にでもある至極当たり前のことでございます。
地上にも山があり谷があるからこそ、美しい景色も生まれるのですし、
平坦な道程ばかりの人生では遣り甲斐もなく、従って楽しくもない、
それに魂が成長することもないのです。

でもね、人は上手く行かなくなると不安になりますね。
「ほんま自分あかんたれやなあ」と、とある神様も仰っておられますけど、
ほんまに、あかんで、自分。
さっきから守護霊はほんまにおんねんでっていうてるやろ、
と私も同じように怒りたくもなってしまうのでございます。

守護霊様は誰にでも本当に居て下さっているのですからね、
信じる信じないではなくて、それを疑わないこと、
確信を持って、日々話し掛け、相談しながら、意見を申し述べながら、
一緒に生きておりましたら何も不安になることはないのです。

それを疑ってしまうから不安にもなるし、
正しく生きることさえできなくなって道が途絶えてしまったりするのです。

でもね、守護霊様と二人三脚で毎日を共に歩いておりましたら、
障害も、災いも、病も、何でも大したことがなくて済むのです。

それから、神様や守護霊様に良く思われようとして、良い子ぶっているような人がおりますけど、
猫かぶっても何にもならないのですね。
神様も守護霊様もその偽善は見抜いておられるのです。
魂と魂、でね、信念を持って、云いたいことは何でも言えば良いのです。
守護霊様にだって、「ほんま、自分あかんたれやなあ」と申し上げましても、
別に構わないのです。
そんなこと根に持つようでは守護霊なんて務まりませんからね。

ところで、人は盲目でございまして、
中には、驚くことに、
守護霊様は信じないけど、どこかの宗教団体の教祖様だけは信じている、
なんて脳細胞がショートしているとしか思えない方もいらっしゃいましてね、
それで人類が救われる。自分も幸せになれると頑なに信じていらっしゃる。

宗教といいますものはそういった人の集まりなのですね。
それで高い仏壇を買わされて地獄霊や動物霊の住処をやたらと増やし、
無間地獄行きが約束された教祖の書物を買って、
おまけにその団体の発行する新聞まで購読して、
騙されているとも気付かずに大金を注ぎ込み、信者の獲得に躍起になっているのです。

その信者のお金が財力を生み、
その財力で世界のあちらこちらに豪華な建物が建ち、
教祖は贅沢三昧をして、

でも考えてみて下さいませ。
教祖がお心正しい人物でありましたら、
豪華な建物を建てるお金がありましたら世界中の貧しい人を救おうとされますでしょう。
宗教施設ではなく、井戸や浄水設備、灌がい設備、学校や病院を、
貧困地域に建設しますでしょう。

だってね、神様はこの地球上の大地とそこから得られる恵みを私達に預けて下さった。
それも無償で預けて下さったのです。
それは決して、国が独り占めするためでも、富裕層が山分けするためでもなく、
皆で仲良く使うように貸して下さっているのです。
その慈悲の心を忘れて自分達に都合の良い教えを広め教祖や上層部を潤わせる目的の
宗教施設を増やして行く、
それはね、真に悪霊の所業であるように思いますね。
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by yskfm | 2008-10-16 01:14 | 第一部、想ふこと
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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