長嶺さん

中学生の頃、剣道なるものを習っておりました。

その頃の私が余りに軟弱だったからかそうではないのかは分かりませんけど、

私の親は私に剣道なるものに通わせました。

小学校の体育館でね、

座長、っていうのでしょうか、なんと行って良いのかは分かりませんけど、

その時に筆頭を務めておりましたのが長嶺さんというおじいちゃんでございました。

その頃に70歳位のおじいちゃんですから、

今まだご健在でいらっしゃるのかどうかは定かではありませんけど、

もしご健在だとしますと100歳を軽く超えているのでありまして、

まあ、恐らくはもうこちらの世界にはいらっしゃらないのではないかなあ、

と思われるのでございます。

まあ、兎に角、元気なおじいちゃんでございました。


剣道はね、私は全く上達することはありませんでしたね。

型稽古から入りまして、胴着を付けてのぶつかり稽古、

私はね、おバカでしたからぶつかり稽古の意味がね、分からなかったのです。

隙があれば竹刀で相手を叩きのめしても良いのだと知らなかったのです。

その最も根本的なことを理解していないから、稽古にもなんにもならない。

それ故に、全く上達しなかったのですね。


ところで、その場所にはおじいちゃんから小学生まで沢山の人が剣道の技を磨きに来ておりました。

おじいちゃん方やある程度の力量のある人は先生を務め、

まあ、その筆頭が長嶺さん、であったわけですけどね、

長嶺さんはよく私のぶつかり稽古の相手をして下さいました。

長嶺さんはね、

面の下から、「よし、面、胴だ。」、「こて行け、ほら、こてだ。」、「こて、面だ。」、「声を出せ。」

とアドバイスして下さるのですけど、

その声が小さすぎてちっとも聞き取れない。(笑)

結局、私は剣道の練習ではなく、ただ竹刀を振り回すためだけにその体育館に通っていたわけなのですけど、


そこにね、お名前は忘れてしまいましたけど、

もうお一方、長嶺さんと同じくらいのご年齢のおじいちゃんがおられましてね、

長嶺さんとよく立ち回っておりました。

その時の気合いはもの凄くてね、

「おうりゃーこてえんーー」、

「どわりゃーおうりゃーえんどうーーー」、

「えんーいっぽーーんうちぃとおったーりーー」

てね、その戦国時代の合戦さながらの立ち回りはね、

皆、固唾を呑んで、目を真ん丸くして見守っておりましたね。


いえ、落ちはないのですけどね。

大阪の人間が必ず話しに落ちをつけるわけではないのです。

ただ、何となく思い出したので書かせて戴きましただけなのですけどね。
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by yskfm | 2009-09-13 09:02 | 第二部、今生
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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