執着を離れる

この世界は、現象界でございます。

実在界と呼ばれるあちらの世界とは違いまして、現象が生じる。

不調和界ですね。

この世界はね、

私たちの心が天に通じますと調和社会に近付き、

私たちの心が地獄に通じますと、地獄に近付きます。


調和社会での修行、

それはどんなに暖かな遣り甲斐があって意欲に燃える修行の環境でございましょう。

逆に、地獄での修行はね、

効率も悪く、苦しみ悶える中で神理を探さなくてはいけない、辛い辛い修行の環境でありましょう。


私たちは、恐らく、

地獄で修行するよりは調和社会で修行する方が良い。

誰だってそうだと思うのです。


ただね、どうでもいいっちゃあどうでもいい。

たかが現象界のことであって、

大した違いじゃあない。

執着を離れたもの勝ちなんです。

執着を離れましたら、苦しみさえ、なんでもなくなりますからね。


執着はね、

命が怖くなりましたら、

欲が芽生えましたら、

自分のことしか見えなくなりましたら、

子供が、怖い怖い、嫌だ嫌だと何かにしがみ付くように、

生じて参ります。

その執着が視野を狭めるものですから、

さらに執着が強固になります。

その結果が鬼とか魔物、

生きた人間でありましたら、

周りに迷惑を及ぼす存在になるのです。


だからこの世界が益々道理の通らない世界になって来る。

理不尽な世界になって来るのですね。


ですから、例えば叶えたい願いがありましてもね、

執着し過ぎはいけませんね。

心のどこかで「叶うといいな」程度が良いのです。

その場所から一旦少し離れてみて、

そうしますと客観的に眺めてみることもできるようになりますから、

良い方法が見付かるかも知れませんし、

閃きや気付きが得られるかも知れません。


心がね、同じ方向ばかり向いておりますから、

執着してしまうのですね。

時には色んな方向に意識を向けて、

心を向けて、

力を投入して、

そうしますと一方向だけの執着から離れることもできますでしょう。


人生だってね、

執着を離れて、

自分を捨てて生きておりました方がね、

絶対に上手く行くのです。

守護霊様は間違いなく、

その時にお力添え下さるのです。

いえ、お力添え下さることができるようになるのです。

私たちにその準備が整うのです。


苦しい時代でございます。

厳しい社会でございます。

もう既に、この世界は地獄にかなり近付いてしまっているのかも知れません。

でも、それは、

どうでもいいっちゃあどうでもいいのです。

執着を離れたもの勝ちなんです。

ですからね、

人生行き詰ったら、

どうしようもなくなったら、

執着を離れて、どうにでもなれって感じで生きてみる。

自分を捨てて、

ご自身の運命を全て受け入れる覚悟をするのです。

死んでもいい、って考えるのです。


そこにね、光の道が開けるのですから。
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by yskfm | 2009-10-08 11:40 | 第二部、神理
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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