遠慮、を考える

昨日は千円の電車乗り放題初詣チケットで沢山の寺社を一日中回っておりましたおっさんでございます。

途中、百円の太閤焼きに目が止まったのですけど、

チャラい兄ちゃんが売っておりまして買うことが憚られたおっさんでございます。


遠慮といいますものは、するべきものか、はたまたせざるべきものか、

悩んで、悩んで、悩み続けてようやく糸口が見付かりましたおっさんでございます。

以前にも書かせて戴きましたことがございますが、

幼稚園の頃に工作で先生が「ハサミを取ってきて下さい。」とのたまわり、

園児が全員ハサミの入った箱を目掛けて吾も吾もとハサミを奪い合う光景を後ろの方で眺めて、

全員がハサミを獲得し終わりました頃にひとりのそのそとハサミを取りに動き出すという、

幼稚園児にして老人のような行動様式を持っておりましたおっさんでございます。


今の世の中、誰もが吾が吾が、と自分本位で先を争い、少しでも優位に立とうと争って生きております時代、

その中にありまして、慎ましく思い遣りと愛を持って生きる、

それがつまり遠慮といいますものの本質であるように思うのですけど、

その吾が吾がの中に一人だけ慎ましく生きている者がおりますと、

きっとその人は、殺されてしまう。

命を、奪われてしまう。

ですから、今の時代にありましては、遠慮してはいけないのですね。


でもね、私たちは、

誰もが吾が吾がと自分本位で先を争い争っておりますが故に現世が地獄になってしまっておりますことに、

目を向けなくてはいけませんね。

そうして、誰もが慎ましく愛と思い遣りを持って自らの力量と本分を弁えて生きるようになりますと、

現世は愛に溢れた調和社会となりますでしょう。

そうなってこそ、遠慮が美徳とされるようにもなるのですね。


吾が吾が、吾も吾も、

それは毎年初詣して大勢の人の中におりますと感じます。

周りが見えず、人よりもっと沢山の幸せを手に入れようとする人々の多いこと多いこと。

大勢いても一人一人の孤独なこと孤独なこと。

でも、それでは神様には願いは届かないでしょうけどね。
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by yskfm | 2010-01-05 12:07 | 第二部、大地
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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