呪術とか、いろいろ

念と云いますものもエネルギーでございます。

念が蓄積されますと、そこに心が生じます。

そうして次第に意識を持った一つの魂になります。

その御魂は仏像のお姿に応じた心を持つようになりますね。

仏像の御魂入れなどはこの理論による呪術ですね。

自らに目的とし、励みとするための仏様のお姿を写し取った尊い像が、

他力本願を目的に、助けてもらうために御魂が入れられる。

神頼みで一生懸命真剣に祈り込めば、必ず仏像は仏様に変わります。


ただ、これはその念が神に通じた光ある正しいものであれば、のことでありましてね、

自我にまみれた強欲な低い次元の念でしたら、そこに悪いものが入り込んでしまうこともございます。

負のエネルギーとか云われますけど、

魔物は恐ろしく邪悪な気を発しますね。

魔物は常にエネルギーが欠乏しておりますわけですから、

周りからどんどんエネルギーを吸い取ってしまう。

ですから寒く感じますし、オーラの弱い人などは寝込んでしまいます。

それを考えますと、私なんてまだまだ全然暖かい方です。(笑)


また、強すぎる念も不調和を生じさせますね。

オーラの弱い人に影響が生じ易いですね。

あくまでも中道が大切でございます。


生臭坊主、なんてことが云われます。

坊主は肉や魚など生臭いものを食べてはいけない。

人間の決めたルールですね。

神様は決してそのようなことは仰られない。

神様でしたら、肉でも魚でも何でも食べて強い身体を作りなさいと仰られますでしょうね。

ところが、坊主は魂と対峙するのですから、自ずと真剣であることが求められます。

真心が要求されます。

まあ、そうではない坊さんもいらっしゃいますけど、

ですから、自らを律するために肉や魚を控えようとお考えになられますのは、

或いは当然のことでありますようにも思います。


でもね、行き過ぎはいけませんね。

その昔、桂枝雀さんという落語家さんも仰っておられましたけど、

緊張と緩和、

緊張があれば緩和もある。

常に緊張のしっ放しでは人間的な深みや広がりが生じませんし、

常に緩和した状態では、魂は軟弱になってしまいますでしょうね。

そこでもまた、中道と云いますことが大切になって参りますわけでございます。


ですからね、呪術ではなく真心が一番大切なのです。

不足したり、行き過ぎたりせず、中道で、

思い込みや慣習ではなくて、当たり前のあるべき姿がね、

一番大切なのだと、おっさんは思うのですね。
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by yskfm | 2010-01-14 19:52 | 第二部、大地
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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