自信というもの

自信にも中道といいますものがありますね。


例えばね、

誰かより自分の方が勝っている、という行き過ぎた自信は、

うぬぼれでしかありませんね。

誰にでも人より優れた部分と劣っている部分があるのですから、

誰にでも、素晴らしい一面が必ずあるのですから、

そういったうぬぼれは神霊の光に晒されますと脆くも崩れてしまいますね。


神霊の光の中で反省した時、

どんなに恥じ入ることになるのか、

どんなにいたたまれない気持ちになるのか、

勿論、深層心理の中でもそういった作用は生じておりますからね、

それは必ず表面意識や生活に不調和となって現れて参ります。


勿論、自信はある程度必要でございます。

これだけは誰にも負けないという自信、

自分に打ち勝つことができたという自信、

そのような自分の中だけでの自信、

ここまでが恐らく自信の限界点でありまして、

これが行き過ぎて自分の外に対して自信が向きますと、

これはうぬぼれ、行き過ぎた自信となって反作用を生じるのではないかと思いますね。


例えばね、おっさんはこんな風に考えます。

無限に存在する分野の中で、おっさんはIT分野がある程度得意な分野でございます。

日本人の中で、ネットをする人は恐らく6千万人程はおりますでしょうか。

その中でね、パソコンを所有してネットをしておられます方は4千万人程でしょうか。

で、ブログをしている人は2千万人、

ホームページを所有している人は8百万人、

自作でホームページを作っちゃう人は2百万人、

プログラムを作っちゃう人は50万人、

いえ、数字は感覚ですけど、


そんな風に考えますと、

この分野では、おっさんは50万本の指に入るつわものだってことになるではありませんか。

いえ、50万本も指はありませんけど、

あったら怖いですけど、

千手観音ならぬ50万本指おっさんですけど、

それが自信というものではないかと思うのですね。


皆様は皆様の得意分野で、

何本かの指に入れば良いのです。

でもね、決してそれは人間として、魂として、

誰かよりも優れている、ということではないのです。


うぬぼれはね、

神のシステムの中では虚しいものでございますよ。
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by yskfm | 2010-01-17 09:54 | 第二部、神理
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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