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人生の閉塞と解放

人生が閉塞して行くなんて人は多いものでございまして、

人生がどんどん良くなって参ります人は少ないものでございます。

人間80年、と申しますけど、80年程度だから良いのでありまして、

これがドラキュラのように数百年、数千年と生き続けておりますと、

殆どの人が人生が閉塞して、

身動きが取れなくなって自殺しなくてはいけないようになってしまいますね。

では、どうして人生が閉塞して行くのでしょうか。

人生が閉塞して行く人には共通点があるように思いますね。

自らの罪を認めず、人を責めて人を赦さなければ、

ご自身も赦されることはありませんから、

折角のご縁も無駄になってしまい、

ご縁の数だけ人生を閉塞させてしまう、と、

そういった仕組みになっておりますようでございます。

最近のお医者さん事情もそうですよね。

リスクの高い手術をお願いして、それで命が失われてしまいますと医者を責める。

遺族は徹底的に責任の所在を追及して、医師を決して赦そうとはしない。

リスクの高い手術なのですからそれで命が失われてしまいますことは、

誰に責任がなくても生じる現象なのですけど、

それで感謝の気持ちも忘れて責め立てるのですね。

それでお医者様になる人が減ってしまって、救急患者がたらい回しにされて命を失ってしまう。

自らの罪を認めず、人を責めて赦さなければ、

どのような事象でも閉塞してしまうのですね。

では、そうならないようにするにはどうすれば良いのか、

人生を閉塞ではなく解放に向かわせるためにはどうすれば良いのか、

それはね、人を赦すことでございますよ。

一人でも沢山の人を赦して、反省すれば慈悲の心で赦して差し上げて、

それと共にご自身の中に責任の所在を追及することなのですね。

人を赦すだけではいけないのです。

ご自身も、一人でも沢山の人に赦されなくてはいけないのです。

ですから、ご自身も深く深く反省してご自身の中に責任の所在を見出して懺悔して、

間違った、或いは偏った在り方を訂正しませんと、

誰も赦しては下さいませんね。

ご自身が過ちを認めない人を赦さないように、ご自身も赦されないのですね。

これはね、難しいことでございますよ。

だって、人のことは良く見えるのですけど、

自分ことは余り見えないのです。

だって顔は自分の方ではなくて外を向いているのですから。

ですから、客観的な視点を持たなくてはいけないのです。

何度も申し上げておりますけど、客観的な神様の視点で反省する、ってね、

そういうことなのですよ。

by yskfm | 2008-11-21 00:51 | 第二部、神理

夢日記

そこでは沢山の人が捕えられて働かされておりました。

そこに仲の良い大男と小男がおりまして、

ある日突然、その大きいのがこう云うのですね。

「オレ、何でもできそうな気がするな。」って。

で、分厚い鉄板を手でポキポキ折りながら、

要塞を造り、武器を作って、

それで皆を助け出そうとして頑張っていたのですけど、

その大きいのが捕まってしまうのですね。

それで車でどこかに連れて行かれそうになって、

でも、その車は爆発してしまうのですね。

で、小さいのが、煙の出ている葉巻型の武器を指に挟んで、

こっちを向いてニヤリとするところで夢は途切れるのですけど。

夢って、面白いものでございますね。

by yskfm | 2008-11-19 13:21 | 第二部、夢

現象界とは

現象界とは、地上のことでございます。

この世界のことを現象界と呼ぶのですね。

何故か。それは、現れるからなんです。

何が現れるのか、それは心の中の世界が現象化される世界だということなのです。

住む人の心が天に通じますと、この世界も天国になりますでしょう。

住む人の心が悪に染まりますと、この世界は地獄になるのですよ。

と、そのように申し上げましてもまだ具体的に理解できない方もいらっしゃいますでしょう。

その昔、地上にエデンの園が存在しておりました頃、

人の心は調和されておりましたから、霊界とも通信できましたし、

皆がオーラを備えた美しい容姿をしていたのですね。

でもね、現象界の法則は恐ろしいものでございますよ。

人の心が悪に染まりますと、たとえ地上でありましてもそこに地獄が展開されましてね、

さらに住む人の姿も悪魔の姿に近付いて行くのですよ。

ですから、現象界なのです。

私は思うのですけど、

がめついおばちゃんは容姿も余り美しくはありませんね。

その延長線上がひょっとしますと悪魔なのかも知れませんよ。

by yskfm | 2008-11-18 12:56 | 第二部、大地

誠実と不誠実の差

最近はエコが進み、スーパーのレジには

「レジ袋不要の際にかごに入れて下さい」

といったレジ袋要りませんカードが置かれていたりしますけど、

判断をお客様に委ねるこの方法は賢いものだと思いますね。

先日はあるお店でペットボトルの飲み物を購入したのですけど、

そこの店員はこのように仰られました。

「このままで宜しいですか?」

って。

で、私も直ぐに飲むわけでもありませんので、袋に入れて下さいと申し上げたわけなのです。

店員は、少し慌てた様子で、「袋で」と意味の通じないことを口走りながらも

袋に入れて下さったのですけど、

袋に入れないことを前提で店側都合で考える、

これは非常に不誠実なあり方で、信用を無くすな、と感じるのでありますけど、

私も注意しなくてはいけないところでございます。

少なくとも手に持った状態で、「袋にお入れして宜しいですか?」と

尋ねて下さる方が絶対に良いですね。

次に「袋にお入れしますか?」、

「このままで宜しいですか?」、

「このままでお持ち帰り下さい。」、

「誰が袋になんぞ入れてやるものか。」

と続きますね。


それから、医は仁術と申しますけど、

私の行き付けの薬局のおばあちゃんは良く頑張っておられましてね、

症状を聞いて、本当に効く薬を薦めて下さるのですけど、

これは日頃から努力しているのでしょうね。才能もあってね、

富山の薬売りなんかもそうだったと思いますよ。

一生懸命に薬のこと、健康のことを勉強して、お客様が少しでも健康でいて下さいますように、

時にはお医者様に代わって命を救う機会もありますでしょうから、

一生懸命に勉強して、良く効く薬を売り歩いたのです。

ですから、富山の薬売りは流行ったのですね。

最近は置き薬会社も多いですけど、

何の努力もしていないセールスマンが、ただ薬を置いて行く。

薬のことも医学の知識もない上に、常識もない。

時には人を不愉快不機嫌にさせるような発言や行為をする。

そんな会社が流行るわけはないと思いますね。

私も先日送り返しましたけど。

でも、私も心しなくてはいけません。

膝中心の生活、ではなくて相手中心の考え方、

誠実な努力と誠意、

本当に大切なものだなって気付かされます。

by yskfm | 2008-11-18 09:28 | 第二部、大地

ユダの生涯

ユダとは、キリスト様を裏切って裁判にかけさせたキリストの様の弟子でございます。

ユダは銀貨三十枚で師を売ったのですね。

最後の晩餐の時、キリスト様はユダにこう仰られました。

あなたは、生まれて来ない方が良かったのだと。

ユダは悔やみましたね。

自分の愚かさを嘆きましたね。

そうして、神殿に銀貨三十枚を投げ込んで首を吊って自殺したのです。

by yskfm | 2008-11-17 08:30 | 第二部、大地

夢日記

その宗教団体の施設は陰陽図の形に建物が配置されておりました。

幹部以外は誰も入れないその中央部分にはなんと大奥があり、歓楽街がございました。

そうして、その運営は信者の財産と労働力で成り立っておりました。

逃げようとすれば捕まえて薬で意識を混濁させ、人格崩壊させてしまう。

本当に恐ろしい宗教団体でございました。


実際に地上に存在するのか、地獄にあるのか、悪魔の誘惑なのかは分かりませんけど、

でも、地上の宗教団体はどこでも同じようなものではありませんでしょうか。

信者を利用して幹部が酒池肉林、贅沢三昧で欲を満たす。

この構図に当てはまらない宗教団体なんぞ皆無でございましょう。

ただ、それが洗脳された盲目の信者には見えないだけなんです。

by yskfm | 2008-11-17 08:13 | 第二部、夢

七五三

私には七五三の記憶がございます。

その頃はまだ自分という意識がありましたようで、しっかりと覚えております。

それから暫くしまして、私は数年間自己を見失い、記憶を失ってしまうのですけど、

その頃のことはまだ少しは覚えているのです。

幼かった私は、それでも神主さんの祝詞を聞き取ろうとしておりました。

子供は、何も知らないようで結構色んなことを認識できているのですね。

殆ど聞き取れなかったのですけど、ただ、大海原(おおうなばら)という言葉だけ、

聴き取ることができました。

そうなのです。

神主さんは七五三の祝詞ではなく大祓祝詞を奏上していたのです。

いえ、七五三の祝詞に加えて大祓祝詞を奏上していたのかも知れません。

ただ、大海原だけ聞き取ったことを覚えているのです。

祝詞は時代と共に字の読み方も変化します。

例えば、大海原は、

おほうみがはら、

おうみのはら、

おほうなばら、

といったような変化があったものと思われます。

神社によりましても、少しずつ違っておりますね。

どれが正しいとかいうことはないのですけど。

さて、明日は少し出掛けて参ります。

十三から石切、日本橋、道頓堀と廻って参ります。

by yskfm | 2008-11-17 01:35 | 第二部、祝福

心は、騒がしかろう

その昔、お釈迦様のお弟子様でアサジという人がおりました。

お釈迦様の教えを守って正しいお心で日々反省し、八正道の実践に努めておりますと、

自然ともの静かなお姿になって行かれましたそうでございます。

そのアサジ様のお姿を見て、

それだけで師の素晴らしさを見抜かれました人もおりましたそうでございます。

心の中に色んな雑念がある。

執着があり、心を煩わせる感情が生じる。

その心はどんなに騒がしいものでございましょうか。

でもね、お釈迦様の教えを実践しておりますだけで、

海のしじまのように波は静まり、

夜の帳のように心が澄み渡って来るのです。

これがアラハン(羅漢)の境地なのですね。

お心を澄まして、お心静かに暮らす。

それもまた良いものだと思いますよ。

by yskfm | 2008-11-16 13:46 | 第二部、神理

石切神社

今朝目覚めますと、石切さんのことが思い出されまして、

以前にも一度参拝させて戴きましたので過去の記事を探してみますと、

丁度二年前の今月末にお参りしているのですね。

それで、近々参拝に行こうかと考えております。


もう一年も終盤に差し掛かりまして、

再来年は私も厄ですからね、

その次の次の年も厄ですから、

9年前と同じように私も次第に食欲というものが減って参りましてね、

恐らく厄を乗り切る準備のためにこのまま倹しい鍛錬生活に入るのではないかと思うのです。

そうしまして、5年後から7年後に掛けまして私の運気は大いに盛り上がりまして(笑)

11年後、13年後の厄はどうかな、乗り切れるかなってね。

まあ、その辺りで私も帰ることになるのかなってね、思うのです。

全ては神様がお決め下さいますこと、

或いは私自身が予定したことなのかも知れませんけどね。


とか、そんなことを云っておりまして、20年後に未だ無様な生き様を晒しておりましても、

御許し下さいませ。(爆)

by yskfm | 2008-11-16 10:41 | 第二部、今生

幸せな人生

今生を正しく幸せに生きるために大切なことを挙げ連ねてみました。

挙げ連ねる、紀貫之、イエイ!

1.今生を正しく前向きに力一杯有意義に生き抜く心構え

2.生き甲斐

3.解き放たれた魂

4.強く輝くオーラ

5.波立たない安らかな心

6.神理という太い鋼の一本の芯

7.私達を生み、生かして下さっております神霊への義と信仰

8.八正道に基づいた正しい生活習慣、判断力、条件反射

9.満足して感謝する心

10.人を赦す慈しみの心

11.調和を心掛け、仲間を大切にし、強調し尊重する愛の心

12.未来に向かって建設的に、社会、人、己が共に向上する努力を怠らず、

   調和(幸せ)を得ようとする意識。


他にも沢山あると思います。

皆様も考えてみて下さいませ。

by yskfm | 2008-11-14 11:26 | 第二部、今生
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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