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愛の反対、マザーテレサの言葉

マザーテレサさんはね、このように仰られました。

「愛の反対は憎しみではなく無関心です。」

ってね。

そうしてその言葉を鵜呑みにしてしまい、

本質を見抜くこともせずにその間違った観念で人に教え諭そうとしておりますような人がね、

インターネットの世界にはどうも沢山いらっしゃるようで、

困ったことだと感じております。


いいですか?

マザーテレサさんはこのように仰られたのです。

「憎しみも感心があってのことなのですから、」

ってね。

そうして関心という観点で愛の反対の絶対値を取って、

愛の反対を無関心としたのです。

勿論、マザーテレサさんにも、愛の反対は憎しみであるという認識があって、

その上に立っての発言でありますことは間違いないと思いますよ。

そうしてね、

たとえ憎しみであっても、関心を持って下さることにより、

将来的にはその憎しみがそれぞれの神性によって愛や慈悲に変わって行くだろう、と、

そこまで考えての発言ではなかったかと思うのです。


皆様、よおーく考えて下さいませ。

そして是非、本質を見抜けるようになって下さいませ。

愛の反対が無関心でありますわけがないでしょう?

そうして、マザーテレサさんが、本気でそのようにお考えになられておりましたわけがないでしょう?

でもって、その拙い判断力で人を闇に迷わすようなことは絶対に止めて下さいませ。

そうしませんと間違いなく無間地獄に落ちるのですから。

お気を付け下さいませ。

by yskfm | 2009-08-11 12:33 | 第二部、神理

社会が求める人材

今は本当に厳しい時代でございまして、

たとえば企業でありましても、戦力となる人材を求めておりますようで、

そのような中で、

「何でもしますから、あなたの下で働かせて下さい。」

と、これではダメなのでありまして、

自ら行動し、自ら責任を持って行動できる人材、

たとえばね、

「あの、ちょっとこの履歴書見て下さい。どうですか?凄いでしょ?

おたくの会社を少し儲けさせてあげようと思って応募したのですけど、

勿論、お宅の会社を私も利用させて稼がせて貰いますけど、

採用しないと損することになりますよ。どうしますか?」

ってね、

まあ、これを云ってしまいますといけませんけど、

これくらいの意識のあります人でないとね、

どこも採用して下さらないのではないかなと思うのです。

「あ、私の経験は凄いですよ。」

ってね、自身の生き様、武勇伝を話して差し上げるとかね、

勿論、それだけの中身のある頑張りはしておりませんといけませんけど、

転職するにも、求職するにも、

助けて欲しい、といったような甘えがありましては、難しいのですね。

ですから、人生力一杯に頑張っておりませんと、

起業するとか、商売を始めるとかと同じ意気込みで前向きに臨んで下さいませんと

いけませんね。

20代、30代は多少甘えがありましてもいいのかも知れませんけど、

40代となりますとそうもいかない。

ですからね、

常日頃から得意分野を伸ばしておかれますこと、

時間がありましたら勉強勉強、とね、

色んな本を読んで、色んなことをやってみて、

楽しみながらやってみて生きた経験を増やしておかれますことでしょうね。

時代は進んでおりますしね、

何年も前の古い知識がありましても、最新の技術を知っておかなくてはいけませんね。


まあ、たとえばおっさんが求職活動するとしまして、

おっさんが神理とかの知識をひけらかしたところで、

まあ、企業の面接官は胡散臭がるだけだとは思いますけどね。

ほんまに厳しい時代でございます。

財津一郎さんなどはきっと、

「非常に、きびしー」って仰られますでしょうね。

by yskfm | 2009-08-11 01:48 | 第二部、大地

夢の続き

さて、昨日は妖怪コンコンおじさんに起こされたおっさんです。

それからまた眠りに付きまして、

蜂蜜フォンデュなるものが登場しました。

えーっとね、

蜂蜜の中にケーキをどばぁーっと浸けまして食べるのですね。

美味しそうですね。


イチゴとチョコと蜂蜜、

これはスゥイーツ界の三大巨匠なのでありまして、

次にバニラとか、栗とか、あんことか、バナナとかが続くのでございます。

まあ、新し目のところでは、チーズでしょうね。


と、そのようなことを夢の中で考えておりますと、

ふいに、「言葉探しは良いかも知れんね」と閃きましてね、

調和の言葉を捜すのです。

建設、協調、勤勉、博愛、誠実、和睦、思い遣り、尊重、

とね、そのような調和の言葉を捜しておりますとね、

人は誰でもそういった前向きな意識を持つようになると思うのです。

昨夜は寝ながらおっさんはそんなことを考えておりました。


蜂蜜フォンデュ、

それから、調和の言葉探し、

良いと思いますよ。

是非、試してみて下さいませ。

by yskfm | 2009-08-10 12:32 | 第二部、夢

集団的自衛権

今朝は朝からルータにハブを繋いで遊んでおりましたおっさんです。

お陰で、最大7台まで、パソコンをネットに接続できる環境が整いました。

もちろん、7台もパソコンをネットに繋ぐようなことは今のところ有り得ないことなのですけど、

将来的にパソコンをずらっと並べてネットに繋げてみたいな、

なんて密かな野望を持っておりますおっさんでございます。


さて、テレビでは集団的自衛権などといった問題が取り上げられておりまして、

憲法9条を改正するだのと、どうしようもなくくだらない議論がなされているような次第でございまして、


おっさんは思うのです。

素晴らしい日本の平和憲法は絶対に変えたらいかんぜよ。

世界の見本とならなくてはいかんぜよ。

とね。

それにね、もう一国の損得や利害で国家を運営するような時代ではないと思うのです。

世界規模で平和を考えていかんといけないのです。

世界的視野に立った国連が国連軍を有し、

中立公平な立場で世界各国を監視して下さるのなら、

その機能が正しく機能するのなら、

もうどこかの国が軍隊を持つ必要はないのです。

武器だって必要ではないのです。

ただ、国連に積極的に参加して、世界平和に協力する、

そうして各国が軍事費や人材をを国連に回しますと、

国連もどんなに有意義な活動ができることか知れません。


そうしてね、世界がひとつの国家のようになりましたら、

それは素晴らしいことではないかな、とおっさんは思うのです。

ではでは。

by yskfm | 2009-08-09 11:13 | 第二部、大地

八月に入りまして、早5日ばかり過ぎました。

あと二日もしますと立秋でございまして、

暦の上では秋でございます。

それでも蝉は一生懸命に鳴き、短い命を終えて参ります。

ですから道を歩いておりますと、沢山の蝉の亡骸が転がっていたり、

羽をバタつかせて最後の力を振り絞ろうとしておりますような蝉を見かけたりします。

さて、この蝉は何故こんなにも一生懸命に鳴くのでしょうか。

そういいますと、おっさんも色々と思い出すことがございます。


おっさん、昔は薬師丸ひろ子さんが好きだったのです。

若い頃の、彼女がね、本当に好きったのです。

でもおっさんは家族に冷やかされることが分かっておりましたのでね、

そこは隠れ薬師丸ひろ子ファンだったのですけど、

それはもう、松田聖子さんなど足元にも及ばないくらいに好きだったのです。


その、彼女の歌の中にね、

「語り継ぐ愛に」という歌があるのですけど、

火曜サスペンス劇場などで使われておりました歌でね、

おっさんも好きな歌の一つなのですけど、

その歌詞の中にこんなのがございます。

「愛を語り継ぐために皆生まれた。」

そうなのですよ。

神はね、愛そのものなのです。

その愛を地上に広げるために、

愛を語り継ぎ、命を繋ぐために全ての命は生まれているのですね。

そして蝉も、愛の実践のために力一杯に鳴いているのです。

それは間違いなく愛の素晴らしさを全ての命に教えようとする神霊のご配慮なのです。


ところで、愛、の意味はお分かりになられますでしょうか?

生かすエネルギーであり、もっと良くしてあげたいという方向性なのです。

この愛の反対は、憎しみですね。

憎しみはエネルギーを奪うのです。

もっと、悪くさせたいという方向性ですね。


この意味を、勘違いされておられます方は非常に多いようですね。

愛とは、寛容の心である。

愛とは、無償の奉仕、である。

なんてね。

でもね、深いところから見てみて下さいませ。

愛の意味をそのように見誤らせているのは、他ならぬ心の中に潜む魔物なのですよ。

寛容の心、無償の奉仕、はね、愛の意味ではなくて、愛というものの性質を云っているのです。

些細なことだと思われるかも知れませんけどね、

その些細なところに魔の罠があるのです。


皆様、魔物を侮ってはいけませんよ。

少なくとも、生きております人よりは知恵があり、心の中を見抜く力があるのです。

ほんの細かい点で人に真実を見誤らせ、

それを積み重ねて人に間違った考え方を植え付けて洗脳し、

人を暗闇の中に引きずり込むのです。

いわば、そういった戦術のプロ、悪知恵のプロなのです。

そうして想念が曇っている人の心の中に、表面意識の中に、

気付かない間に入り込んでいるのです。


勿論、魔はおっさんの心の中にも入り込みます。

ですから、反省して想念を輝かせて魔を追い出す習慣が必要なのです。

魔が入り込んでおりますと、人生が余り上手く回らなくなります。

入り込まれては反省して追い出し、

追い出しますと今度は守護霊様が護って下さるようになります。

守護霊様は必ず人生が上手く回るように導いて下さいます。

でもね、それを繰り返しておりますおかげで、次第に要領が分かって来る。


おっさんは思うのです。

どなたかの人生が上手く行かない。

それはね、ちょっとしたことが間違っているだけなんです。

ほんのちょっとしたことなんです。

そのちょっとしたことを訂正するだけで、人生はうんと良くなる。

それに気付かせて下さるのは守護霊様でね、

決して魔物ではないのですね。

そうして、魔物は決して愛の心に打ち勝つことはできないのです。

by yskfm | 2009-08-05 18:36 | 第二部、神理

悲しい恋のお話

以前もどこかで書かせて戴いたのですけど、

おっさんの好きなお話ですから、また想い出して書かせて戴こうと思います。

あのね、

りゃんりゃんちゃんはひとし君が大好きなのですね。

馴れ初めはね、りゃんりゃんちゃんがお友達ととあるオープンテラスで食事をしていた時なのですけど、

下着姿にブレザーを羽織っただけの40代位のおじさんが寄って来ましてね、

ブレザーをさっと開いてみせたのです。

痴漢みたいにね。

でも、痴漢じゃなかったのですね。

ブレザーの内側には、フォークとか、スプーンとか、調味料とかが沢山入っておりましてね、

無言ながらもそれが好意であることがりゃんりゃんちゃんに伝わったのですね。

で、何も借りないのは悪いと思って、調味料を借りたのです。

それがねひとし君だったのです。

そこからりゃんりゃんちゃんとひとし君のお付き合いが始まりましてね、


ある日、りゃんりゃんちゃんとひとし君がりゃんりゃんちゃんの家で遊んでおりますとね、

そこにパパが入ってきましてね、

誤解したのですね。

何故なら、ひとし君はいつも下着姿だから。

それでりゃんりゃんちゃんのパパはひとし君に怒ったのです。


そのことで、りゃんりゃんちゃんはりゃんりゃんちゃんのパパを責めましたね。

りゃんりゃんちゃんのパパはりゃんりゃんちゃんに謝るのだけど、

りゃんりゃんちゃんは絶対にパパを赦さないのですね。


そんなある日、ひとし君からりゃんりゃんちゃんに手紙が届きましてね、

そこにはこう書かれていたのです。

「りゃんりゃんちゃんのパパが怒るのでもう遊びません。

あたたかい所に行って働きます。」

ってね。

りゃんりゃんちゃんは泣きましたね。

ひとし君がどこか南の遠いところに行ってしまったのだと思ったのですね。


でも、ひとし君は近くの銭湯で掃除のアルバイトをしていただけだったのです。


どうでしょう?

悲しい恋のお話でしょ?

これは少年あしべという漫画にあったお話なのですけど、

とても美しい恋物語ではないかと思うのです。

おっさんはこのお話が大好きなのです。

で、またどこかで書かせて戴こうと思うのです。(笑)

by yskfm | 2009-08-04 12:32 | 第二部、大地

古神道、いにしえの命観

古神道では、神社は母体であると考えられております。

参道(産道)を通って命の原点に戻り、

己をこの世に送り出して下さった神霊と今一度、向き合う。

この儀式を行うための場所として、神社というものが生まれたのですね。

そうして鳥居を一歩出たところから、新しい命が始まるのです。

ですからこれは、再生の儀式ですね。


己を生んで下さいましたこの神霊を、直霊(なおひ)の大神といいましてね、

この直霊の大神が御魂をお分けして下さいましたから、今己が生きてここにいるのだ、

だから、己の胸の中に直霊の神が宿っているのだ、

古代の人はそこまで悟っていたのですね。


合掌しましてね、

この直霊に意識を向けますと、次第に正しく真っ直ぐに生きようとする意識が生じて参ります。

要はこれ、チャクラの働きなのですけど、

ただ、心の中に神霊の意識があるという事実を踏まえますと、

直霊といいますものも、間違いではないのです。


三種の神器にしましても、

この直霊にしましても、

再生の儀式にしましても、

古代の人の意識が現代人と比べてどれほど高かったか、

本当にそれが彷彿とさせられますね。

by yskfm | 2009-08-04 08:57 | 第二部、大地

笑い

笑い方、にも色々とあるのでございまして、

大まかに分類しますと、

は行の笑い、

ひ行の笑い、

ふ行の笑い、

へ行の笑い、

ほ行の笑い、

とございますね。


は行の笑い方は、

あはは、とか

ハッハッハッ、とかね。

助さんや、角さんや、では参ろうか、ハーッハッハッ、

と、これは黄門様の笑い方ですけど、大らかで気持ちのいいものでございますね。


ひ行の笑い、

これは

ヒヒヒヒ、とか、

イヒヒ、とか、

ヒッヒッヒッ、とか、

これは心の内に何やら悪事を秘めているような笑い方ですね。

笑うセールスマン、とか、

越後屋、お主も悪よのう。いえお代官様こそ。イーッヒッヒッヒッ。

といった状況で使われます笑い方ですね。


ふ行は、

うふふふ、

ふっふっふっ、

ブフー、

何やら胸の内に秘密があって、それが面白くて堪えきれなくなって吹き出してしまうような、

そのような笑い方ですね。

あんたも好きねえ、うふふ、とかね。

誰にも言ったらダメだじょ、ブフー。

って感じですね。


へ行の笑いは、

えへへ、

えへえへえへえへ

えへらえへらえへら、

と、少し変態が入って参りますね。

はにかみが入っていると云いますか、

今日は、帰りにNちゃんといい所に行くんだじょ、えへへ。

宿題忘れて来ちゃった、えへらえへら。

なんて感じですね。


ほ行の笑いは、

おほほ、

おーほっほっほっ、

って感じで、上流階級のお上品さを意識しているといいますか、

あーら、宅のお坊ちゃまは一流企業に勤めておりますのよ、おーほっほっほっ。

この指輪、ん千万円ざますのよ。おほほ。

とか使われますね。


他には、某有名人で、

クェークェークェー、って引き笑いする人もおりまして、

この笑い方には驚いてしまうのですけど、

窒息するんじゃないかって心配にもなって来るのですけど、


あ、ケラケラ、キャッキャッ、といったような笑い方もありますね。

まあ、これは声が高くて、

ヘラヘラ、アハハ、がそのように聞こえるだけなのでしょうけど、


でもそうのように考えて参りますとね、

心の中のことが笑い方にも現れて来るのだといいますことが、

良く分かりますね。

心の中が快晴で晴れ渡っておりますと、

アーハッハッハッ、ってね、

高らかな気持ちのいい笑い声になるのだと思います。

変態が入っていたり、

悪事を隠していたり、

秘密があったりしますと、

それが、えへへ、いひひ、うふふ、に変化して来るのですね。


面白いものだと思います。

by yskfm | 2009-08-03 11:20 | 第二部、大地

人と人との距離

人と人との間には心地良いキョリといいますものがございまして、

これは物理的空間にも、心理的空間にも、適切なキョリを保っておきませんと、

これはえらいことになるのでございます。


たとえ恋人同士でありましても、密接するのはたまにで良いのでありまして、

普段は適度な距離を保ち、互いのプライバシーを尊重するといったことが必要になって参ります。

ズケズケモノを云い、

相手の心の中に土足で踏み込み、

恋人なんだから何をしてもいいだろうとプライバシーそっちのけで、

携帯を盗み見したり、執拗に電話を掛けるなどして束縛(拘束)して、

と、そのようなことをしておりますと必ずその関係は破綻してしまうのでございます。


これはね、家族でも、友人関係でありましても同じなのでありまして、

もし、その適度なキョリが不安を生じるというのでありましたら、

恐らくは、信頼することができていなかったり、

それが理由で心で繋がっているという安心感が欠けているのでありまして、

互いに膝を突き合わせてジックリ話し合ってみることが必要のように感じるのです。


ところがね、このキョリを必要以上に縮めて来ようとする人はいるのですね。

何故、キョリを縮めて来るのか、

それは勿論、何らかの欲心や悪巧みがあるからでございまして、

その人は充分に注意しなくてはいけないのでございます。


社会に及ぼす影響もね、

利を求める者同士が癒着しますと汚職となり、

或いはエコ贔屓が生じ、

力のある者同士が癒着しますと独裁や独占が生じ、

社会に歪みと不公平を生じますからね。

それにね、やはり近付き過ぎは余り気持ちの良いものではありませんね。


これは政党だってそうですし、

企業同士だってそうでありましょう。

暴のつく家業の方だってそうですね。

まあ、暴のつく家業の方がキョリを縮めてこられますともう目も当てられなくなりますけど、


正しい距離を保ち、

互いに客観的な視点でお互いを正しく見て、

同意できるところは同意し、

間違ったところは訂正し合い、

なあなあの関係ではなくお互いを高め合える関係、

そういった対等な関係こそが尊重するということであり、

味方となり、親友となり、ライバルと成り得るのではあるまいか、

素晴らしい人間関係を保てるのではあるまいか、

と思うのです。

まあ、強引にキョリを縮めようとする人に近付き過ぎだよとは云い難いものですけどね、

そこは勇気を持って云わなくてはいけないのかなって思いますね。

難しいことですけどね。

by yskfm | 2009-08-03 08:25 | 第二部、大地

一番煎じは一回限り

お茶はね、先っちょの若い芽だけを摘み取りまして、

揉むのですね。

手で揉みましたものが手揉み茶でありまして、

これは非常に高価なものでございます。

一般庶民が口にしますものは、

機械で揉んだものになってしまうのですけど、


それでもね、お茶は美味しいものでございます。

採れたて揉みたては香りも宜しく、

時が経つにつれまして、香りも減って参ります。

香り高く、透き通った味のするお茶が良いですね。

でも、それを色々とブレンドしたりしますと、

どうしても味が濁って来るのですね。


一番煎じ、二番煎じというものもありますね。

一番煎じはほのかに緑色をしておりましてね、香りも良いのです。

でも二番煎じは薄茶色なのですね。

緑色がでるのは一番煎じだけ、

なのですね。


麦茶は、麦を煎るのですね。

麦の甘い香りはこの季節の暑さでだるくなった心身を癒して下さいます。

この季節には、やはり冷たく冷やした麦茶ですね。


まあ、茶のことは余り詳しくはないのですけど、

お茶ってホンと、良いものですよね。


サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ

(淀川長治さんのような終わり方ですんません。)

by yskfm | 2009-08-01 09:56 | 第二部、大地
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日々の生活や出来事など、斜め45度視線を傾けずに綴るブログ。思想から日常まで。♪オッサンぶろぐ♪♪  ☆手前味噌で口八丁手八丁足八本の世界をご堪能下さい。☆


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